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アリステア王国存亡記  作者: ぞなむす
第二章・四カ国会議
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第五話・行方不明の道標③

「ではぁ、賛成の方から意見をどうぞぉ」


 クロノスは少しでも主導権を得たいがために、賛成派の意見の披露を促した。


「私から述べさせてもらいましょう」


 そう言って手を上げたのは御白だ。


 同じ賛成派であり、新王であるライナスを気遣って先に意見を述べてくれるのだろう。クロノスは御白がそういったフォローの出来る人間であると知っており、だからこそ御白の先駆けに心中で感謝した。


 御白は深く腰掛けていた椅子から少しだけ身を前に傾けた。


「私が協定の続行に賛成するのはもちろん平和のためです。国家を束ねる方々からすればうそくさく聞こえるかもしれませんが、これは私の本心であり、そして八神教の教えに従うことになります」


 彼は両腕をゆっくりと広げ、言葉を続ける。


「八神の一柱であらせられる光の神曰く『真の正義ならぬ戦いは決して行ってはならぬ』。現在の状況で起こりうる戦争には間違いなく正義がありません。なぜならば、四ヶ国すべてが良好といえる政治を行っているからです。悪政を敷いている国家を打倒するならばともかく、主義主張の違い”程度”で争うことは愚の骨頂です。主義主張など十人十色であり、またそうあるべきものです。それを無理に矯正しようというほど、八神はそこまで心の狭い神ではありません」


 主張を終えたのであろう御白は椅子に再度深く腰をかけた。それを見たクロノスは、次にライナスに意見を述べてもらおうとした。が、


「少しいいですか?」


 テオドールがその手を挙げた。あまりいい予感のしないクロノスは、しかし強引に話を進めるわけにもいかず、彼の発言を促した。


「どうぞ」


「ありがとうございます。さて、八神様にお伺いしたいことがあります」


「なんでしょうか?」


「八神の教えというのは一体どのようなものなのでしょうか。私、あまり宗教というものには関心がない身でございまして……」


 どこか卑屈そうな笑みを浮かべて伺うテオドールに、御白は気にした様子もなくふむ、と顎を引いた。


「……教えを知らぬ者に伝えることもまた我々のような聖職者の使命なのですが、生憎とここで全てを語るには時間がかかり過ぎてしまいます。興味があるならば」


「いえいえ、私が伺いたいのはほんの少しのことなのです」


 テオドールの卑屈そうな笑みが一転、左の目を剥き、人を食ったような嘲笑に変わった。


「先程光の神の御言葉をおっしゃられましたが。他の神は何と仰っているのでしょうねぇ? たとえば闇の神や火の神なんかは、ねぇ?」


 クロノスは部屋の緊張が一気に高まるのを感じた。そして、テオドールが八神教のことを知っていることもまた、その口調から理解できた。


 彼はそれを知った上で、御白を挑発しているのだ。


「確かに闇や火、雷、風の神は気性も荒く、争いを好む傾向にあったと伝えられています。しかし神がそうであられたからといって、人間がその全てに倣う必要はないのです。人間は、神ではないのですから。善き所は見習い、悪き所は反面教師とする。人間にとって必要な心得を神々に学ぶ、それが八神教です」


「それはそれは。随分と都合のいいものなのですね、宗教というのは。自分達にとって都合のいい部分は倣い、都合の悪い部分は悪しきものだとする。それは信じる方も信じ込ませる方も楽でしょう。が、そんなもののどこに正義があるのでしょうかねぇ?」


 テオドールはケタケタと意地の悪い笑みを見せる。クロノスはそんな彼にくぎを刺した。


「マッシ外交官。人を挑発するような言動は避けていただきませんとぉ」


「おや、これは失敬。私、昔から思ったことが口に出るタイプでして……」


 全く反省の見られない様子で、彼は肩をすくめる。


 ここまでくればもはや共和国の意図は明白になったも同然だ。彼らは協定の破棄だけではない、望んでいるのだ。世界中を巻き込んだ大戦争を。


 そのためにこのような人間を送り込んできたのだろう。自らは決して腰を上げず、相手方が仕掛けてきたので仕方なく武力を行使するのだという体裁を整えるためにだ。


 実際には挑発をかけているのはテオドールなのだが、共和国としてはとにかく会議がこじれればいいのだろう。会議がまとまりさえしなければ世界に、特に自国の民に対してどうとでも主張することが出来るだけの力を共和国は有している。


 それに乗せられるような者たちではないと信じたい。御白は実際にテオドールの言に冷静さを書いていない様子であるし、ライナスも生来の争い嫌いで、自分から戦争を引き起こすような発言をすることはないだろう。


 だが、ペオーニエだけは別だ。皇帝のプライドと気性の激しさはテオドールにとって大層刺激し易いものだろう。


 更にもともと百年以上も昔から険悪な関係を続けてきた両国である。亀裂が入るのは、氷がひび割れるよりも容易いことだろう。だからこそクロノスは事前に他国の情報を集めさせていたし、この会議も万全の状態で挑み細心の注意を払って進行しようとしていた。


 しかしテオドールという男は毒だ。この会議に、協定に深く深く刺しこまれた楔だ。この男が出てきた時点で、既に取り返しのつかないことになっているのかもしれない。


 クロノスは軽くめまいがした。この場から逃げ出したいとさえ思った。しかしそれが許されるはずもなく、絶望的な状況を打破するために動くしかなかった。


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