第五話・行方不明の道標②
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「まずぅ、スムーズに進行するため立場を明確にしていただきたいと思いますぅ。ではまず賛成の方挙手お願いしますぅ」
クロノスはそう言いながら、内心で頭をかいていた。
会議において自らの立場を明確にすることは各々の意見の結論をより明瞭にし、対立による議論を促進することで結果的に会議の進行をスムーズにするものである。
しかし今回は会議という名の交渉だ。アリステア王国は居並ぶ列強に不戦を『お願い』し、認めさせなければならない。
そして交渉という観点から見れば、立場を明確にすることは一つのカードを、それも重要なカードを公開することと同義である。立場を明確にしなければ全く違う立場であると見せかけ、相手の油断を誘い手札を晒させることもできるし、うまくすれば晒されたカードを見て自然に立場を変えると言った芸当もできる。そういった心理戦はまさしくクロノスの十八番であり、先王も他国と渡り合う際には自らの立場をぼかす交渉の仕方を度々行ってきた。
もちろん初めから立場を明確にした場合に取れる選択肢もある。立場を決めてしまえば相手の立場に対して効果的なカードが際立つようになり、強気にカードを見せつけて相手の意見を圧殺してしまうこともできる。
だがそれは大国のやり方だ。切れるカードの強さと多さを兼ね備えた者に圧倒的に有利な交渉方法だ。本来アリステア王国という小国が取るべき手段ではない。
それでもクロノスがこうして立場の明確化を求めたのは、偏にライナスのためである。この会議においてクロノスはあくまで補佐役であり、主役はライナスである。そのライナスも王位に就いてからというもの日々努力を重ねてはいるが、いかんせんまだまだ荒削りである。列強の曲者の中で戦うには無理があると言えた。
アリステア王国の代表が会議の状況を把握しきれずに迂闊な発言をしては、国にとって致命的な事態になりかねない。それを避けるためにも、不利になることを承知の上で会議の簡便化を図ったのだ。足りない部分は自分が補うと誓って。
そんなクロノスの内心を知ってか知らずか、二つの手が挙がった。ライナスと御白の手だ。
これは予想通りであり、だからこそ頭を抱えたくなることだった。アリステア王国を挟む大国が二つともが不戦協定に条件なしに賛成しない、つまりは現行の体制を続けるつもりはないということである。
先王が築いた協定は、約半世紀に渡り不戦を保ち続けてきた優秀なシステムである。至上とまではいかないまでも、少なくとも非の打ちどころを見つけられないものだと考えているクロノスにとっては、その改変はすなわち改悪であるように思われた。
先行きの暗い出だしにしかし一瞬目を伏せるだけにとどめ、クロノスは次に移った。
「次に条件付きで賛成してもいいという方挙手をお願いしますぅ」
次に手が挙げたのは帝国のペオーニエだ。周りを見渡すこともなくまっすぐ伸ばされたその手は、彼女らしい堂々たる挙手だった。その上で、どこか挑むような視線をライナスに投げかけているのが気にかかる。が、最悪でない結果にクロノスは些か安堵した。
言うまでもなく最悪とは帝国と共和国が反対に回ることである。両国の反対はすなわち両国の戦争につながり、その戦争で最も被害を受けるのは間違いなくアリステア王国だからだ。
しかしその内どちらかが不戦への意志を見せてくれれば、もう一方を説得するだけで事足りる。それに、大国二つが不戦にまわることで、説得に切れるカードも増える。協定の可決にかかる負担が段違いだ。
「最後に反対の方挙手お願いしますぅ」
当然、これに手を上げたのは共和国だった。うすら寒い笑みを浮かべながら手を上げるテオドールは、現行の協定に唾を吐きかけているように見える。実際にそこまで考えているとは思いたくはないが、とにかく最も警戒すべきだとクロノスは考えた。
(テオドールという人間はぁ、絶対何かやらかすなぁ)
半ば確信に近いその予感に、クロノスは気を引き締めるのだった。