第四話・世界の鍵を握る者、集う⑤
「なんということだ……!」
リーベル共和国の国会議事堂。機能性を重視したシンプルな造りの白い廊下で最高評議員・パトリックは怒りをあらわにしていた。
「四カ国会議への大使に、よりにもよってテオドールを選ぶとは! くそっ、私が政務でここを離れてさえいなければ……」
隠すつもりが毛ほども感じられないその怒りは、廊下ですれ違う他の職員達を怯えさせていく。しかしパトリックはそれすら目に入らぬ様子でずかずかと足を進めた。
沸騰した彼の頭の中では今、ぐるぐると考えが空回りしていた。
(何か、何か手はないか? どうにかして奴を引きずり戻す方策は……)
「おや、ルロア君ではないか。どうかしたのかね?」
「……ベクラール議員」
怒れる獅子もかくやというほどの怒気を発するパトリックに話しかけたのは、一人の老人だった。
彼の名は、レオナール・ベクラール。13人いる最高評議員の一人にして、共和国最大派閥の頂点に立つ男である。
一見すると背が曲がり、顔も皺だらけのただの老人に見える。しかし髪も髭も剃り上げ、目に怪しい光を灯すその男は、今のパトリックの怒気を受け流していることもあって半ば妖怪じみて見えた。
「どうもこうもないでしょう、何故テオドールなどを大使に選んだのです!?」
「彼が適任だと評議会で判断されたからだよ」
「適任? あの男がどんな人間か知らぬわけでもないでしょう!」
「知っているからこそ、彼なのだ」
「なっ!?」
「とにかく、これは全会一致で決定したのだ。君がどれだけ騒いだとて覆ることはない。それとも民衆の総意たる最高評議会の、更にその総意に異を唱えるつもりかね?」
そんなことはない、と声を大にしてこの妖怪に言ってやりたかった。異を唱えそうな議員を買収したのだろう、と。
しかし迂闊な言葉で、感情的な言葉で自分の立場を悪くするわけにはいかなかった。言ったところで既に決定している案件が覆ることはまずないし、仮に覆ったところでテオドールはとうの昔に出発してしまっている。
だが、自分が最高評議員の立場にいる限りまだできることがあるはずだ。その想いが彼の口を封じるとともに、彼の自由と信念を蝕んでいた。
「まぁ、ゆっくりすることだ。これからは忙しくなるのだし、ね」
酷く醜悪な笑みを浮かべながら、ぽんとパトリックの肩を叩いて脇を通り抜けるレオナール。その一連の仕草は、パトリックの背筋を凍らせるには十分な妖しさを含んでいた。
「奴は……奴だけは……!」
奴だけは行かせてはならなかったのに。レオナールの前ではかろうじて押さえていた絶望感が、誰もいなくなった廊下に小さく響いた。