第四話・世界の鍵を握る者、集う④
最後にやってきたのは、どこにでもありそうな馬車だった。
引く馬はお世辞にも毛並みがいいとは言えなかった。馬車自体も真っ黒に塗られており、端の方に銀で形作られたリーベル共和国の紋章が見受けられるだけであった。
共和国はその性質上、王や帝といったトップを据えることはない。そのため、他国を訪れる際の馬車や所持品といったものにそこまでの煌びやかさは求められていない。いや、一介の大使ごときが下手に他国の王よりも良い物を見に付けていれば、むしろ相手に対する礼を失していると言われるだろう。
しかしそれにしても限度があるというものだ。共和国ほどの大国の大使としてはあまりにみすぼらしい馬車である。これでは共和国の品位が疑われかねないどころか、他三国に対して含むところありと捉えられかねない。つまり、侮られているとして火種となりかねないのだ。
調和と平和を望むアリステア王国の外務大臣であるクロノスは内心で眉をひそめた。
それでもきちんと姿勢を正し、大使が降りてくるのを待っていると、一人の男がきざったらしい仕草で馬車から出てきた。
旧暦時代に倣ったスーツという共和国式の正装に身を包んだ、痩せぎすの男だった。彼はクロノスの姿を認めると丁寧に、ともすれば馬鹿にしているようにも見えるほど大仰に礼をして見せた。
「はじめまして。私外交官のテオドール・マッシと申します」
クロノスはにこやかに挨拶する男を見た時、背筋に虫が這うのを感じた。この場にイキシアがいたならば間違いなくこう言うだろう。
これは、カイトの重用するフランシスと同種の笑みだと。
それに動揺し、表情を崩すクロノスではない。しかし、テオドールに対する警戒心は最大限にまで引き上げられていた。
「はじめましてぇ。外務大臣のクロノス・D・アリステアですぅ。本日はわざわざお越しいただきありがとうございますぅ。それでは会議が始まるまでに泊まっていただく部屋にご案内しますねぇ」
クロノスは相手に口を挟ませないよう間断なく言葉を発した。こういう手合いとは話をしないのが最善である。事前に話をして相手の情報を得たいところではあるが、それをしてこちらが呑まれては元も子もない。
クロノスは足早に案内を済ませようとしたが。
「クロノス大臣」
「何でしょうかぁ?」
「聞くところによればあなたは先王の第四子だとか。いやはや、王国もよほど人手不足と見えますね。世襲で重要な地位を任せるとは、我々の国では考えられないことですよ」
大国の余裕か、はたまた別の意図あってのことか。彼のそれは完全な挑発だった。
無論、テオドールの言うことは言いがかりに過ぎない。クロノスが現在外務大臣の地位にあるのはそれだけの能力があるからだ。彼が――たとえばライナスのように――無能だったならば、彼は今の地位にはいない。世襲で国が守れるほど、アリステア王国は盤石ではないのだ。
「帝国や共和国ほどの大国と比べられても困りますよぉ」
いちいち相手をしてやるのも癪だが、無視をしたとなればどんな言いがかりをつけられるか分かったものではない。
ゆえにクロノスは小さいながらも挑発をすることにした。あえて帝国の名を先に出すことにより、共和国より帝国の方が注目に値すると示したのだ。
意図が含まれていると言われればそうとれるし、いないと言われればそうとも取れる言い回し。これで何か反応が得られるか、と考えた。
「ですよねぇ」
「はいぃ」
しかし、返ってきたのはただの同意だった。それだけを見ればただ気付いてないだけにもとれるが、弓なりに細められた瞳がそれを否定していた。どうやら人を貶めることに愉悦を感じる性質であり、その上こちらの挑発には乗らない性格らしい。
攻める人間というのは攻められることに弱いのが普通である。が、流石に共和国の大使に選ばれる人間は一味違うということか、とクロノスは内心で唸った。
その後も二、三会話を交わしたのだが、クロノスが得られたのは徒労と彼にしては珍しい苛立ちのみであった。




