第四話・世界の鍵を握る者、集う②
王都ティアーズのサンクチュア通り、そこを一台の馬車が護衛の騎士を伴って闊歩していた。
馬車は一目見ただけで要人が乗っているとわかるほど煌びやかで、側面にはこれまた誰が見てもわかるローゼン帝国の紋章が彫り込まれていた。
それは馬車専用の道路を通り、アリステア城の城門前に辿り着く。そこで御者が衛兵に二、三尋ねられた後、既に開かれていた城門を馬車がくぐっていった。
王都の入口からの早馬で馬車の到着を知ったクロノスは、城の入口で待機していた。
「もうそろそろかなぁ?」
彼がそう呟くと同時、城門から一台の馬車が悠々と入ってくるのが目に入った。堂々とした歩みを見せながら、クロノスの目の前で停止する。
そして向って右のドアから一人のメイドが現れ、反対側に回ってドアを開けた。
そこからまず躍り出たのは、豪奢な馬車に勝るとも劣らない煌びやかな金糸だった。次に深紅の布が飛び出し、最後に白磁のような肌が日の下にさらされた。ペオーニエ・V・ローゼンブルートだ。
全身を赤い衣で包み、頭には細い輪のような王冠をかぶっていた。クロノスは彼女がこちらの存在を認めたのを見計らって、簡易式の礼をとった。
「本日はよくお越しくださいましたぁ。ペオーニエ・V・ローゼンブルート皇帝陛下ぁ」
「久しぶりだな、クロノス。二年ぶりくらいか?」
そういってペオーニエはにっと笑んだ。男勝りな少女がするようなその笑みは、それだけでクロノスを気圧し、また惹きつけた。
そう、ちょうど二年前と同様に。
「はぁい。前王殿下とともにそちらへ訪問した時以来かとぉ」
しかし二年前の初心な少年ならともかく、今やクロノス外務大臣だ。その笑みに魅力を感じこそすれ、心が揺れることはなかった。いくらペオーニエにカリスマがあったところで、それに呑まれるようならば外交国家アリステア王国の外務大臣は務められない。
「ふむ……」
そんなクロノスの内心を感じ取ったのか、ペオーニエは彼を無遠慮に眺めた。じろじろという擬音がつきそうな視線にも、クロノスは終始にこやかにしているだけだった。
「あの時から油断ならないやつだと思ってはいたが、更に磨きがかかったみたいだな」
「お褒めにあずかり光栄ですぅ」
今度はクロノスがにこりと笑みを浮かべた。それはペオーニエとは対照的に純朴な少年がするような笑みだ。
「……ふはは!」
ペオーニエは呵々と笑う。クロノスのような人間が、さも当然のように綺麗な笑顔を浮かべているのを。
彼女もまた、クロノスの笑みを作り物と見破れないほど不明ではない。クロノス程の交渉役が、素直に笑顔を見せることなどありえないのだから。
彼女は一頻り笑い終えた後、笑いすぎで薄らと目尻に涙をためながら言った。
「長旅で疲れたからな、休めるところを用意してくれ」
「承知いたしましたぁ。こちらにどうぞぉ」
クロノスは頷き、ローゼンブルート帝国ご一行を城内に招いた。