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アリステア王国存亡記  作者: ぞなむす
第一章・新王選定
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第一話・始めるための初めの会議①

 何の才も無い人間などこの世には存在しない。いるとしたら、その才を見出せない者だけだ。

                             キース・K・アリステア

 アリステア王国国王、リチャード・O・アリステア陛下崩御。


 この訃報は瞬く間に広がった。実に50年の間、世界の平和を保ち続けてきたと言っても過言ではない賢王の死は、アリステア王国だけでなく世界中にある予感をさせた。


 そう、波乱の幕開けである。



「次期国王は私のライナス以外あり得ませんわ!!」


 美しい金の長髪を躍らせる女性の大きな声が、豪奢な長机をどんっと叩く音とともに響き渡る。


 ここはアリステア王国会議室。普段政治や軍の会議に使われているこの場所には、今は王族のみが入室を許可されていた。


 アリステア王国はラングドア大陸の中央、エンサント平原に位置し、北西に共和国、南東にローゼン帝国、南西に海を挟んだヴァルテン大陸に位置する八神皇国という3つの大国に囲まれている。


 この地ははるか昔より兵家必争の地として有名で、帝国と共和国が生まれてからは度々奪い合われてきた。


 平地ではあるが、特別肥沃という訳でもないこの地に争いが絶えなかったのは一体何故か。それは、ここを通る他に南北を繋ぐ道が無いためである。


 いや、ないわけではない。しかし非常に困難なのだ。


 その理由には、王国の北東にカルディアナ山脈が存在し、大軍が通れるような山道が存在しないこと、更に北東に『不可侵の大地』と呼ばれる常に嵐が吹き荒れるアネクメーネ(非居住地域)が存在することが挙げられる。


 その更に北東には海が広がっているのだが、より激しい嵐が吹き荒れており船の航行など到底できようもない。東側からの進軍は実質不可能に近いのである。


 対して西側には海路があるが、それは四カ国とも承知のことである。各国は海岸線沿いに強固な防衛線を敷き、互いに牽制し合っている。たとえば、帝国が共和国に進撃すればその船団の横を皇国が突くと言った風に。


 つまりエンサント平原以外を通る進軍は多大なリスクを覚悟しなければならないのだ。


 ゆえにここは戦乱の絶えない地であったが、アリステア王国の始祖、マーク・アリステアはこの土地で争われることを嘆き、緩衝国としてアリステア王国を作った。


 彼は帝国と共和国、どちらかが攻め込めばもう片方に味方することを条約で締結し、この地を戦乱から救ったのである。


 以後、幾度か大規模な侵略はあったものの、歴代の王はうまく立ち回ることで独立を保ってきた。その中でも外交によって一度も侵略をされない(小競り合いはあったが)平和な時代を築き上げたのが先代の国王、リチャード・O・アリステアである。


 そして現在、国王を失ったアリステア王国では、国王の葬儀の前に次期国王を選出するための会議が行われている。葬儀より先に国王を選出してしまうのは、次期国王が先代の国王の葬儀を執り行うことになっているためである。


 これには亡き王を蔑ろにする非礼を犯させないことで王位をめぐって長い争いを引き起こし、国家を疲弊させることがないようにという意図がひとえに込められている。


 その選出会議が始まると同時になされたのが、先代の王妃サルビアの一言である。


「落ち着いてください、王妃殿下。具体的な理由がなければ意見は通りませんよ」


 彼女の大声にも眉一つ動かさず宥めにかかるのは、アリステア王国第二王子、王位継承権第二位のアルベルト・F・アリステアである。


 青の髪と蒼の瞳を持つ彼は常に冷静沈着で政治に天性の才能を発揮し、前代の頃より宰相の地位に着いていた。継承権こそ第二位であるが、王宮内での期待は一番高く、次期国王には彼が就くであろうと専ら噂になっている。


「理由ならばありますわ。なんといっても私のライナスは継承権第一位ですもの!」


 サルビアはその豊満な胸を張って答える。その態度には誰の意見も受けつけないといった雰囲気が漂っていた。


「まぁまぁ、母上も落ち着いて。それだけで決めるものではないですよ」


 もう一人、アリステア王国第一王子、王位継承権第一位のライナス・F・アリステアが母親譲りの金髪と深い緑の瞳で彼女を見やった。


 彼は政治能力も凡庸で軍事にも特段長けているわけではないが、兄弟の中で一番温和な性格をしている。王宮内での期待はあまりないが、それでも彼の人柄にひかれ支持する貴族たちもいない訳ではなく、何よりも民衆の人気は一番高い。


 そんな彼は笑顔を崩すことなく続ける。


「でもまぁ、やっぱり僕が王になるべきかな」


 ざわ……


 常には無い積極性を見せるライナスにその場にいるものは驚きを隠せなかった。


 平時から彼は弟にあたるアルベルトの才を認め、自分の方が劣っていると公言している身である。それが「自分が王になる」と言い出せば驚くのも無理はないだろう。


「ちょっと!何勝手なこと言ってんのよ!?アンタなんかが王様に慣れる訳ないじゃない。王様にふさわしいのはアルベルト兄様よ!」


 よく通る高い声で文句を言うのは、腰まである青の長髪を首の後ろで括っているアリステア王国第二王女、王位継承権第七位のオルテンシア・F・アリステア。


 まだ幼い少女であるが、才能はあるらしく成長著しい。反面、甘やかされて育てられたせいか高慢で、先のように礼儀がなっていない様をしばしば見せる。


 しかし、実の兄であるアルベルトに半分崇拝に近い感情を抱いていることから、彼の支持に乗り遅れてしまった貴族達が代わりに彼女を支持している。そのため、兄弟の中で最も若いが他に負けないほどの支持を得ている。


「確かにオルテンシアの言うとおりでしょう。決してライナス兄上が無能というわけではありませんが、やはりここはアルベルト兄上に王になっていただくべきです」


 妹の意見に賛同の意志を示すアリステア王国第一王女、王位継承権第三位のイキシア・R・アリステアが、顔にかかる美しい金の髪を払いながらその金の瞳でアルベルトを見つめる。


 彼女はアリステア王国で将軍位を務めている。政治方面の才能には乏しいが、軍事には格別の才を発揮している。


 その実力は帝国の軍神と唯一張りあえると噂されており、事実国境での小競り合いでは一度軍神を引かせたこともある。


「そうだぜ。誰がお前みたいな無能を王にするか。お前が王になるくらいだったら、俺が王になってやるよ!」


 アリステア王国第五王子、王位継承権第六位のカイト・V・アリステアが机に足を投げ出して嫌味を言う。


 父から譲り受けた癖のある茶髪と蒼い瞳を持つ彼もまた、オルテンシアと同じく才能に満ち溢れた少年だ。だが、誰彼かまわず反発する性格が問題視され、後見となりたがる貴族は少ない。


 その彼がライナスの国王就任に反対するが、


「そうですね。やはりここは兄上に王となっていただきます」


 当のアルベルトにはその気はなく、むしろライナスが王になることを推していた。


「なぜなら、兄上は民衆の圧倒的な支持を得ています。故に兄上には広告塔になっていただきたい」


「広告塔ですって?」


 サルビアの眦が吊りあがる。その表情には不快だという心情がありありと浮かんでいた。しかし彼はそれをちらりと見やるだけで、自分の意見を述べ続ける。


「そうです。その人格から国民に高い人気を誇る兄上が国王となることで国民の納得を得、私が宰相になって実質的にこの国を治めることで王宮内の納得を得る。これが最良のはずです」


「なるほどねぇ。ライナス兄上を傀儡とする訳かぁ」


 アリステア王国第三王子、王位継承権第四位のクロノス・D・アリステアはうんうんと頷きながらアルベルトの意見に納得してみせた。


 緑の長髪と蒼い瞳を持つ彼は口がうまく外交能力に優れており、内政は兄であるアルベルトに任せきりだが自身は外務大臣として各国との調整に力を注いできた、対外政策に尽力してきた先代国王の懐刀と言うべき存在である。


 彼の皮肉な表現に、ライナスは自嘲とも苦笑ともとれる笑みをこぼした。


「傀儡か……まぁいいんじゃないかな」


「ライナス!?何を言っているの!?」


 サルビアは傀儡とすることを認めるアルベルトに怒りを感じているようであったが、それ以上にその事実を認めたうえで王となると言うライナスに驚きを隠せないでいた。


「あ、でも政策については一応すべて報告してもらいたいね。僕には政治なんてわからないけれど、絶対に認められない物だけは切り捨てたいから」


「それは、わかっております兄上」


 その程度些細なことと受け入れられるほどの大物なのか、はたまたそうなった後の未来を予測できない無能なのか。アルベルトをして判断をつかせない兄の態度に、彼は内心背筋が凍る思いだった。


(もし前者ならば、こちらが利用されることになる。そうなると……)


 そこまで考えて、やめた。


 この身は王国のために。そう昔に誓ったのは他ならぬ自分である。よしんば利用されることになっても、それがこの国のためにならば構うことはない。


 心中で誓いを確認するアルベルトをよそに、周囲はざわめいていた。国王の最有力候補であった彼にその気が無いのなら、彼の言うとおりライナスを国王として据えるしかないのか、いやそれでは彼に付いていた貴族たちは納得しないだろう、いやいやアルベルト兄上は前から就く気はないと周囲に伝えていたようだし、問題ないのではないか等々……


 そんなざわめきを受け、一つの手が挙がった。


「異議あり」


 一段と低く響くその声の主は、アリステア王国第四王子、王位継承権第五位のキース・K・アリステア。


 茶色の髪と緑の瞳を持つ彼は、凡人とも天才ともいえない程度の政治能力と軍事能力、それしか持たない。


 飛び出たところが多い王子たちの中では埋もれてしまう、そんな彼がはっきりとした声で異議を唱えた。


「確かにアルベルト兄上の考えは正しい。正しいがそれは理屈の面でだけだ。アルベルト兄上は優秀であるが感情の機微に疎いところがあるので言わせてもらう。もしライナス兄上が王位に就いたなら、必ず内乱がおこる、と」


「……それは何故でしょうか?」


 自分がそういった部分で考えが至らないと自覚しているアルベルトは、キースの意見に耳を傾けることにした。


「我々は理屈ではあなたの考えに賛同できる。いや、あなたの意見より優れた意見を出せる者がこの国に何人いるか……とにかく、問題はその面ではないのだ。たとえば、あなたが王になる事を勘定に入れて支持してきた貴族たちはどう思うだろうか?言葉が悪くなるが、誰が無能と呼ばれているライナス兄上を誰が王として敬い仕えたがるのか?」


 貴族は義によってのみ仕えるのではなく、また利によってのみ仕えるのでもない。その両方を備えて初めて貴族は王に従うのだ。


「……だがそれが最良と言うのなら人は付いてこざるを得ないのでは?」


 アルベルトがそう漏らすと、キースはため息をつきながら首を振る。


「人々の感情は時に理屈を上回る。あなたは私が昔何をしたか、忘れた訳ではないだろう?」


言われて思い出すのは幼き頃、血にまみれた彼の姿だった。それだけで彼の意図を理解した、否、理解させられたアルベルトは黙り込むしかなかった。


 そんな兄の姿を一瞥したキースは一瞬暗い表情を見せたが、気を取り直して言った。


「……この国の王にはライナス兄上でなくアルベルト兄上になってほしいと心から思う者は正直に手を挙げてほしい」


挙がる手は2つ、イキシアとオルテンシアのものである。


「正直に言やぁアルベルトが王になるのも嫌だけどよ、まだ今の時点じゃ俺がお前に劣ってるのはわかってる。だから今だけは特別にお前なら王になることを許してやってもいい」


そう言って笑いながら、カイトも手を高く挙げた。


それらの様子を見たキースは自らも手を挙げつつ、アルベルトに告げた。


「私達は本心ではアルベルト兄上になってほしいのだよ。そしてそれは、その才を認め頭を垂れるにふさわしいと評するからこその判断だ」


 アルベルトは彼の言葉に瞳を閉じて一つ頷き、そしてもう一度キースに視線を向けた。


「ならば、やはり私が王になるしかないと?」


 そう言う彼に、しかしキースはかぶりを振り、


「いや、もうひとつ解決策がある」


 口の端を吊り上げながら、


「力を見せつければいい」


 不敵に言い放った。


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