第五話・汚れた手の新たな王④
「では、会議を始めます」
翌日、アルベルトはアリステア王国の重鎮を会議室に集め、十日後に控えた戴冠式の段取りを説明していた。
そこには謹慎をさせられているイキシア、カイト、オルテンシアの3人も来ていたが、ライナスとキースの姿だけが見えなかった。
「……以上のようになっています。このスケジュールに沿えるような形で各々の部署で準備を進めて下さい」
上座のアルベルトが手元の資料を読み上げると、いくつか手が上がった。彼はその一つ一つの質問に答えていく。
「当日の警備はイキシア様が指示なさるので?」
「当日警備に当たらせる兵につきましては謹慎中のイキシアが指示するわけにはいきませんので、副将軍であるあなたに一任します」
アルベルトの返答に副将軍と呼ばれた髭面の男性は大仰に頷いた。
「了解しました!」
「他に質問はありませんか?」
手を上げる者はなく、ここで会議は終了かと誰もが思った。
しかしアルベルトは、話を続けた。
「……実は、上が宣誓為された後、もう一つやらなければならない事があります」
アルベルトが突然言い出したことにその場がざわついた。慣例通りの戴冠式では、先程彼が説明していたことを行うだけだ。
「これ以上何か必要ですかな?」
内務大臣であるフィル・G・マクミランがその場を代表してアルベルトに尋ねた。彼は一度目を伏せ、そして淡々とした口調で答えた。
「キース・K・アリステアの、処刑を行います」
瞬間、空気が凍った。
「おい、どういうことだよ!」
一番早く再起したのはカイトだった。椅子を蹴倒して立ち上がった彼はアルベルトに怒声を放った。
「落ち着きなさい、カイト」
「これが落ち着いてられっか!さっさとワケを言いやが……」
「落ち着け、と言っているのです」
アルベルトの鋭い視線を受けたカイトは、その迫力に一歩下がってしまった。そんな彼に畳みかけるように告げる。
「彼はあなた達を唆し新たに王となる兄上に反旗を翻しました。それくらいの処置は当然でしょう」
「待って下さい!」
淡々と言うアルベルトに、イキシアも椅子を蹴倒して立ち上がり待ったをかけた。
「我らが死ぬことのないようにあのように争ったのではないのですか!?」
なるべく被害を出さないようにとわざわざ王位継承権争いを『ゲーム』という形で処理したはずだ。なのに、その後に処刑などしてはそのような回りくどい方法を取った意味がなくなってしまうではないか。
何より自らの弟を、悪くは思っていないはずの弟を、この国で最も重く不名誉な反逆の罪を着せるというのか。
「そうですぞ!確かにキース殿下はライナス殿下に反対したのやもしれませんが、それでもあのような解決法を取ったのは……」
フィルも『ゲーム』の意図に気付いていたのか、立ち上がってアルベルトを諌めた。しかし、
「何を言っているのですか、フィル。反逆罪は、貴族はおろか王族にすら適用されるアリステア王国の立派な法律です。我々がそれを破っては民に示しが付かないでしょう」
有無を言わせぬ口調に、その場にいる全員が息をのんだ。
彼は本気だ。自らの弟を切り捨てるという覚悟を持っていることに、彼らはその段になってようやく気付いた。
「アルベルト殿下……」
「他の方々も重々承知しておくことです。兄上は確かにお優しい方ですが、それは国家の体制を揺るがすような罪人にまで施されるものではありません」
それに。
「もしあの方が躊躇うことがあったとしても、私がいることをお忘れなきよう」
アルベルトはそこで言葉を切ると、席を立った。
その場にいる誰もが声をかけられなかった。何を言えばいいのか、あまりの衝撃で浮かんでこなかったからだ。
「……どうしても処刑されなければいけないのですか?」
俯いたイキシアがこれを絞り出す。アルベルトはそれに振り返らず答えた。
「それが最善だからです。それに彼自身に生きる意志がなければ……」
「……え?」
最後の言葉は聞き取れなかった。
「いえ、なんでもありません。処刑の段取りは私が取ります。あなた達はただそれがあるということだけを知っておいてください」
「おい、待てよ!」
カイトが会議室のドアに手をかけたアルベルトの肩を掴んだ。
「なんですか?」
「納得いかねぇ!」
唾が飛ぶのにも構わずに怒鳴るカイトに、アルベルトは眉も動かさなかった。
「何勝手に決めてんだよ!キースはあれでも王族だ、俺らの兄弟だ。その処刑なんて国の一大事をてめぇ一人で勝手に決めてんじゃねぇ!」
「……あなたもまだまだ子供ですね」
「何だと!?」
カイトが胸倉を掴み上げる。もともとアルベルトの身長の方が高く、更に掴み上げたせいで自然とカイトが見上げ、アルベルトが見下ろす形となった。
「忘れてたのですか、あなた達は敗者なのですよ? 敗者に、自由や権利などないのです。本来ならばアルベルト派であった全員が処罰の対象となるところを、首謀者であるキース一人の命で済まそうというのです。あなた達の罪まで被ってくれるキースに感謝しなさい」
アルベルトは服を掴む手を払うと、もう何も言うことはないと言った風に立ち去った。




