第五話・汚れた手の新たな王③
でも、きっと。
「才能のない子供達ばかりでも父はよかったのかもしれない。だって、兄弟で力を会わせれば、きっとどんな困難でも乗り切れるから」
恐らく父は、初めての子供に才能がないことを憂いたことだろう。でも、そんな自分のことを切り捨てないでいてくれたのだから、きっとそういう想いを持っていたに違いない。
ライナスがそう言い切ると、キースは大きな笑い声を上げた。
「くはははははは……やはりあなたは恐ろしい人だ。私はアルベルト兄上よりもあなたの方が余程恐ろしい」
「そうかい?」
自分が恐ろしい?アルベルトに比べて?
そう言われる理由が心底理解できないといった表情を浮かべるライナスに、キースは更に笑みを深める。
「あなたは確かに才能がない。軍事も政治も、だ。だがそんなあなたにも抜きん出ていることがある」
それは、人の心を読む才能だ。
「あなたのそれはクロノス兄上のものとも違う、もっと人の本質的な部分を読むものだ。そして、それらを理解したうえで、あなたは人の心に温もりを与える。希望を与える」
キースは手を逆に握り返した。
「それこそがまさに王の器だ。初代アリステア王国国王とも、先代アリステア王国国王とも違う、あなただけの素質だ」
彼はそこで肩をすくめる。
「それがあったからこそ、私達も敗北したのだろう」
だから。
「自信を持て。あなたのそれは立派な才能だ。私が保障しよう。あなたは無能ではないと。そしてそんなあなたにこそ頼む。私を、死なせてくれ。そしてこの命で、アリステア王国に幸福をもたらしてくれ」
そこまで告げたキースの頬には、一筋の涙がこぼれていた。
それはきっと彼の心からの願いで。それが王国を想う心とアルベルトに対する贖罪からくるものだとわかっていても、いやだからこそライナスには断ることのできないものであった。
「……うん、わかった。君のその言葉、その意志。僕の胸に刻み込んでおく」
自分の涙を見てライナスが何を思ったのかはわからない。しかし彼の瞳には、先程までにはなかった強烈な意志というモノを感じた。
「じゃあ、そろそろ失礼させてもらうよ」
きた時よりも精悍な顔つきになったと思うのは自分の気のせいだろうか?キースはそんなことを考えながらライナスを見送った。
これでいい。これで後は、自分の兄弟達が精いっぱい彼をサポートしてくれるだろう。それで、この国は安泰になるはずだ。
「ああ……まいったな。本当に為すべきことがなくなってしまった。未練がなくなるというのはこういうことなのか……」
いっそ清々しいまでの気分に不釣り合いな、とめどなくあふれる涙に疑問を感じながら、キースは再び筆を走らせた。