第五話・汚れた手の新たな王②
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「……」
他の面々と同じく部屋に幽閉されているキースは、黙々と筆を走らせていた。
彼がそうやって作業をしていると、彼の部屋の鍵がカチャリという音を立てて開いた。続いて、ドアが開かれる。
「やぁ」
「ライナス兄上……」
そこから顔をのぞかせたのは、ライナスだった。その顔には疲労の色が見えるが、反面労働の喜びというものに満ちた表情でもある。
しかし、それを見せていたのも束の間。直ぐに沈痛な表情へと様変わりしてしまった。
「……気分は、どうだい?」
どこか気遣うような声音を含ませて尋ねる彼とは対照的に、キースは穏やかな表情を浮かべている。
「……不思議と晴れやかな気分だ。これから死ぬというのに」
死、という単語を聞いてライナスは更に表情を暗くした。
「やっぱり君は処刑されることを望むんだね」
ライナスの言葉にキースは少し眉をひそめた。
「やはり、ということはわかっていたのか?」
「まぁ、兄弟だからね。君がアルベルトに対して罪悪感を抱き続けているのは分かっていたよ」
苦笑しながらそういうライナスにキースは驚嘆することになった。この無能と呼ばれている兄にまで気付かれているとは思いもよらなかった。いや、自分がアルベルトを害した事件は知っていてもおかしくはないが、まさか心の内まで知られているとは……
アルベルトなら、あの兄なら理論的に割り出しただろう。しかし、この人は恐らく直感的に悟ったのだ。
驚きでいまだ思考が止まっている彼を余所に、ライナスは暗い声で続けた。
「……本当に死ななければならないのかい?」
自分のことを心底惜しんでくれるからこそ出るその言葉に温かいものを感じ、しかし、
「それが国を安定させる一番の方法だからな」
拒絶となる答えを返した。
「他に方法はないのかい?」
「あったなら、アルベルト兄上がとっくに提案している」
あの兄もあれで身内に甘いところがある。それが何も言わないのだから、他に方法はないのだろう。
「俺達兄弟が生まれてきたことによっていくつもの派閥に別れてしまったこの国をまとめあげるには手っ取り早い劇薬だ」
キースは人事のように、あるいは自分に言い聞かせるように続ける。
「死は人間を本能的に縛る。貴族よりも位の高い王族であっても処刑することがあるという姿勢を見せれば、欲深な貴族どももおいそれとは動けまい。野心を持った者ほど命を惜しみ、国を想うものほど身を捧げるものだからな」
それは社会に必ず存在する矛盾。組織に尽くしてくれる者ほど貴重で、そして失われやすい。その反面、優秀であっても、いや優秀であるからこそ内憂の元となる野心家はそれなりに存在する。
「死への恐怖は必要以上に心理的圧迫をもたらすが、その辺はアルベルト兄上と、他ならぬあなたならなんとかできるだろう」
キースは初め、アルベルトに全てを委ねようとしていた。感情に人一倍疎い兄に国を支えていくことが出来るのかという不安はあったが、ほかに適任者もおらず致し方ないことだと考えていた。
しかし、ライナスは今可能性を示した。
彼はなんと死を望む自分の心を予測してみせたのだ。誰にも悟られないよう、あえて悪役を演じていたのに、だ。
きっと彼自身はたいした事だとは思っていないのだろうが、実際はとんでもないギフトだ。人の隠す心の内を無意識の内に悟るというのは、誰しもが持ちうるものではない。
ライナスは今まで無能と呼ばれ続けていた。貴族からも、身内からも、だ。そのため彼は自分に何の才もないと思い込んでいるのだろう。そんな彼が、もし自分の能力を自覚したのなら。彼は大きく羽ばたくことが出来るだろう。
理を支配するアルベルト。情を悟るライナス。
アルベルトがいる限り、国の基盤が揺らぐことはない。そしてライナスがいる限り、恐怖政治とは無縁だ。
この二人が共に立てば、きっと素晴らしい治世となるに違いない。そして、自分はその治世に必要という訳ではない。むしろ死んだ方が役に立つだろう。
だからこそ、キースは安心して死を受け入れているのだった。
「今にして思えば、優秀な父の唯一の失敗は私達を生んでしまったことかもしれん」
キースは沈黙するライナスにではなく、独り言のように呟く。
「ライナス兄上はともかく、俺達は生まれてくるべきではなかった」
「そんなことを言わないでほしい。僕は君達が生まれてきてくれてよかったと思ってる」
そんな自己否定を聞いて、黙っていられるライナスではなかった。
人の生を、存在を否定する。そんな仮定を受け入れる訳にはいかなかった。確かに、それは人として正しい姿勢である。
「だが、事実だ」
しかし、キースのその仮定は事実でもあった。
「俺達が生まれて来なければあのゲームで死ぬ者はいなかった。国も貴族達もこうして死によってまとめあげられるよりは、一人の王子を支持していたほうがうまくまとまっただろう。それなのに王の子が7人もいるものだから、こうも話がややこしくなったのだ」
歴史にもしは禁句だが、もし、王子がライナスだけだったならば。それでなくとも、父がちゃんと次期国王を指定していてくれたならば。その想いをキースは禁じえなかった。
父は優しい人であった。時に厳しくはあったけれど、自分のどの子にも惜しみない愛情を振りまいていた。
それは、親としては大層素晴らしい在り方であっただろう。
しかしそのせいで、彼は後継者を選べなかった。
全ての子を平等に愛してしまったがゆえに選択を後回しにして、結局誰か一人を選び出すことが出来なかったのだ。結果、自分達は今回のような面倒事を演じるはめになったのだ。
自分の子らに情を移しすぎた。賢王とまで謳われた父も、結局は王に徹しきれなかった人でしかなかったのだ。
「それでも僕は、君達が生まれてきてくれてよかったと思ってる」
お優しいことだ、と嘲笑う自分がいる。反面、その優しさに救われている自分もいる。二律背反な自身の感情が、キースにはひどくもどかしかった。
ライナスはそんなキースの内心を知ってか知らずか、話を続けた。
「アルベルトはすごく頭がいいし、イキシアはすごく強い。クロノスは話が上手だし、カイトもオルテンシアも将来がすごく楽しみな子たちだ」
そして、
「君は、いつも一歩引いて兄弟達を支えてくれた。君がいてくれなければ、僕達はもっと反発し合っていたかもしれない」
ライナスは両手でキースの手を握った。
「駄目な僕だけだったらきっと、この国も長くは持たないと思う。でも、君達がいてくれるから、こんな僕でも大丈夫と思えるんだ。
もしかしたら父上もそれを見越して、君達を生んだのかもしれない。僕が、あまりにも無能だから」
実際はありえない話だろう。生まれてくる子供の才能の有無など、どうにかできるものでもないから。




