第四話・『ゲーム』開始~スティレ川を渡る~⑦
クライマックス
「なっ……!?」
バカな。
「どうして……」
アリエナイ。
「どうしてそれがここに!?」
イキシアが指さす先には、アルベルト派の旗を持ったライナスがいた。
「どうしてもなにも、私たちが手に入れたからここにあるんだよ」
彼は旗が本物であるか確認してから、傍らにいる自分の親衛隊長に命じる。
「ゲームの終結を」
「御意」
彼は丁寧な礼をした後、ゲーム終了の宣言を出すために外へ走っていった。
「本物……なのですか?」
「正真正銘、本物ですよ。本物に見えないなら後で確認すればいいでしょう?貴方たちの砦に旗がなければ、これが本物だという何よりの証拠になると思いますが」
アルベルトは狼狽するイキシアに、特に何の感慨も見せずに告げた。
「一体どうやって……」
驚愕の抜けきらない彼女の口から疑問の声が漏れる。その言葉にクロノスが笑いながら答えた。
「それはねぇ……アイン!」
「ここに」
クロノスの呼びかけに応えたのはこの部屋の隅、闇に紛れた彼の親衛隊長だった。
「いつのまに……」
「初めからいましたよぉ?」
気づかなかった。部屋に入ってきたとき、確かに自分は高揚していた。軍と軍の衝突とはまた違った苦難を乗り越え、ようやく勝利を手にしようとしていたのだ。だから冷静さを欠いていたのは否めない。
だが、それにしても自分の感覚は今までの戦いの中で磨かれているはずだった。それで捉えられない者がいるとは想像もしえなかった。
ならばそれは自分を超える剛の者か。あるいは闇に生きた者か。そう、息をするように闇に溶け込めるほど……
「まさか」
「あなたの考えている通りだと思いますよ」
これほどまで気配の見えぬ男を、このタイミングで呼び出した。それが意味するのは、
「彼と数名があなた側の砦に潜入、そして旗を取ってきた。ただそれだけのことです」
「不可能だ!いくら気配がなくとも人目に触れれば必ず騒ぎになる!旗を守る親衛隊がいる以上……」
「旗を守る人間がいれば、ね」
苦笑するライナスにイキシアの表情が固まった。
知らない?何を?自分はまだ何か見落としているのか?様々な疑問が彼女の脳内を駆けめぐる。そして、その答えは意外なところから得られた。
「よし、突撃だ!!手間取ってる姉上に恩を売ってやれ!!」
「な、なに!!?」
後ろから聞こえてきたのは、砦の守備についているはずのカイトの声。その瞬間、彼女はイヤでも理解させられた。
「そん、な……」
確かにアインとやらが旗を取ってくるのは不可能だろう。ただそれも守備隊がいれば、の話である。カイト達がここに来てしまった以上、砦の守備は紙も同然だろう。そうなればそこにいるアイン、いや普通に訓練を受けた兵士でも奪取は容易である。
「なんてバカなことを……」
自分は人選を間違えたのだ。もし、あのときプラムが言ったことにもっと注意を向けていれば。
自分達は負けなかっただろうに。
「……これもアルベルト兄上の策ですか」
イキシアはいけないと思いつつも兄を睨みつけるように見やった。しかしアルベルトはそれを特に気にした風はなく、むしろ苦笑に近いモノを滲ませた。
「そうであると言えますし、そうでないとも言えます」
はぐらかすような彼の言にイキシアは疑問に思うよりも先に怒りがわいてきた。してやられたという事実が彼女に冷静な判断を許さなかった。
アルベルトはそれにすら大した関心を払わず、ライナスを手で示す。
「カイトが守備を放棄すると呼んだのは兄上ですよ」
「え……?」
更なる事実にイキシアは今度こそ怒りより疑念と驚愕が上回り、空いた口が塞がらなかった。
「単純なことだよ。彼の性格を考えれば、そのまま砦にこもってるとは思えなかったからね」
「そ……んな……」
負ける可能性があることは承知していた。あらゆる方面に才を発揮するアルベルトが向こうにいる限り、こちらが絶対有利ではないとは思っていた。
それでも、自分が前線に出れば、と思いこんでいた。他の兄弟とは違い幾度となく実戦を経た自分ならば、と。
しかし、実際には攻略に手間取り、そして何より、恥ずかしい話だが無能だと見くびっていた、いや数にも入れなかったライナスに出し抜かれたというのだ。その現実はイキシアの心を折るには十分だった。
「まぁ、事の詳細を知る時間はたっぷりあるでしょう」
「そうですねぇ、あなたたちは負けたんですからねぇ」
「しばらくは、大人しくしておいてもらおうかな」
茫然自失とする彼女や、その部下達が縛られていく。
こうして小さく、そして大きな『戦争』は幕を閉じた。