第四話・『ゲーム』開始~スティレ川を渡る~③
「私とオルテンシアの部隊は半分ずつで隊を作り、私の部隊の大盾で矢を防ぎながら左右から攻めろ!キースの部隊は攻城兵器を守りつつそのまま前進せよ!!」
イキシアの指示で部隊が動く。混成部隊であるはずの彼女たちの部隊は、それだけでまるで一つの生き物のように動き始めた。
(これも姉上のカリスマなのかな……?)
オルテンシアは後方、負傷兵たちの居る場所から自分達の軍の動きを見ていた。
姉の号令一つで淀みなく動く兵士達。たとえ自分が己の親衛隊を指揮してもこれだけ鮮やかには動かないだろう。
(やっぱり姉上はすごいな……)
彼女は礼を失することが多いが、相手の凄い部分を認めることはできる。その尊敬の感情は普段表に出てくることはないが、常に彼女が感じているところである。
既に国家の重鎮となり、兄の、ひいては国の役に立つ姿は素直に尊敬できる
(私もいつかあんな風に……)
3つにわかれたその中央、キースはそこで前進しながら先程の失態を思い出していた。
思慮が足りなかった。そう言わざるを得ない状況にキースは歯噛みする。
アルハブラ砦はアリステア王国という小国には似合わぬ大要塞である。たった800の兵士ではその全体をカバーするどころか、3m置きに立ったとしても全周の半分にも満たない範囲しかも守りきれない。
故にこそ攻め入る場所はどこにでもあるのだが、正面以外となると、川と砦の隙間を通るしかない。そこは城壁からの弓の射程であり、かなりの被害を覚悟しなければならない。
またイキシアは良くも悪くも武人で、正々堂々、真正面から戦いを挑む傾向がある。彼女に従う者たちもそうだ。アルベルト派の最高戦力である彼女達の士気を高めるためには、やはり正面から攻め込むしかない。
となれば、こちら側が正面から戦いを挑むと向こうは読むだろう。しかし用心深い自分がいて、罠の可能性を示唆した場合、相手は別方向から攻められると読むことになる。そうすれば、敵は側面に回り込む道に罠を仕掛けるはずである。
だから余計な損害を出さないためにあえてこちらは真正面から戦いを挑んだのだが、それが完全に裏目にでた。向こうは正面に罠を仕掛け、こちらは見事にそれに引っ掛かった。
これは一体だれの仕掛けであろうか。アルベルト兄上の策か、はたまた単なる偶然によるものなのか。
とにかく、これ以上向こうの好きにさせる訳にはいかない。彼は身振り手振りで移動櫓の上にいる兵士達に合図を送り、そして声を張り上げた。
「火矢には気を付けろ!もし火がついてしまったら、直ぐに水をかけるんだ!」
キースは攻城兵器の部隊を指揮しながら思考を切り替えた。
(さて、火矢については恐らくもう問題ない。移動櫓には濡れた布を巻いてあるし、万が一に備えて上にも下にも水を用意させてある。
移動櫓を動かす兵士たちも、乗っている兵士たちも分厚い木の板で囲っている。その上視界の確保には小さな穴を数個ずつ集中させて開けている。これならば矢は通らず安全は確保されている。
相手の投石機が使われる気配はない。あれは人手を食うし、そもそも命中率も高くない代物だからだ。そんなものに人員を割くぐらいなら城壁で矢を射させた方がマシだと考えたのだろう。
だが、油断はできない。安心させておいてから使うことで混乱をもたらすつもりかもしれない。一応心構えだけはしておくべきだな)
彼の頭に懸念が浮かんでは、対処法とともに整理されていく。元来が臆病者である彼は、起こりうる災難に対して物的、心理的に備えることで恐怖を振り払ってきたのだ。そしてそれは戦場においても変わることがなかった。
(と言っても凡才ごときが天才相手にいくら考えたところで足りないが……)
それでも、
(やるからには本気だ)
閉じた瞼の裏に浮かぶのは傷ついた兄の姿。それも一瞬のことで新たに開かれた瞳には決意の色だけが映っていた。
移動櫓が城壁に取り付くまで、あと少し。