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アリステア王国存亡記  作者: ぞなむす
第一章・新王選定
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第四話・『ゲーム』開始~スティレ川を渡る~②

「大盾部隊、前進せよ!」


 イキシアの凛とした声が戦場に響き渡る。


 彼女の親衛隊200人は自身の身長ほどある大盾を各々構え、前面と上面を完全に覆い隠した形で進み始めた。彼女達の背には組み立てて用いる梯子の存在もうかがえた。


 きっと彼女達が梯子を立てかけてこちらに攻撃を仕掛けてくる間に後続が詰めてくるのだろう。そう考えたアルベルトは近くにいた伝令兵に指示を出した。 


「牽制にしかならないでしょうが、弓矢を撃たせなさい」


「はっ」


 指示を受けた伝令兵は、その命令を城壁で備えている兵士たちに走りながら伝えていく。


 すぐに矢が大量に降り注ぐが、流石に精鋭揃い。彼女達が隙間なく構えた大盾は一本の矢も通さなかった。


「……これは矢の無駄だね」


「……ですね。イキシアの親衛隊が手強いのはわかっていましたが、これほどまでとは」


「実際に敵にまわすと恐ろしいですねぇ」


 ライナス派の3人が3人ともため息をつく。彼らは全滅とはいかないまでも少しは削れると思っていたのだが、あまりの結果に辟易せざるを得なかった。


「仕方ありません。弓で減らすのは諦めて、予定通り分断作戦をとりましょう」


 アルベルトは次に控えていた伝令兵に指示を出す。


「火矢を」


「はっ」


 伝令を聞いた兵達はあらかじめ用意してあった火矢用の矢(先端に油紙が巻いてある)を手に取り、近くに設置されていた篝火に突っ込んだ。火を纏ったその矢を弓につがえ、一斉に打ち出した。




「火矢だと?」


 イキシアは城壁から放たれるオレンジの放物線を見て眉をしかめた。


 大盾部隊の所持する大盾は大きな木の板の表側に鉄をコーティングしたものだ。ただの木の板ならば燃え上がってしまうが、これならば裏側から火がつかない限り、つまり火矢が大盾の隙間を通らない限り燃えてしまうことはない。そして自分の親衛隊が矢を一つとして通していない事は向こうもわかっているはずだ。


 他に考えられる可能性はこちらの梯子や移動櫓、投石機を燃やすことだが、これもまだ距離が離れすぎている上に、それぞれ水を含ませた布で保護してある。だから今火矢を使う理由がわからなかった。


(いくらなんでもその程度わからない訳ではあるまい……)


 アルベルト兄上は戦場に出た経験はないだろうが、物事の予測は彼の専売特許だ。事実、彼女はチェスやその他の戦術ゲームで一度たりとも兄に勝ったことがない。そんな彼のすることだ、何か意味があるはず……


 そこまで考えが至り、辺りを注意深く見渡して初めて気づいた。彼女の親衛隊、彼女達が上を通り過ぎた地面が、不自然に柔らかいことに。


「っ!?お前達、戻れええぇぇぇぇ!!」




 ゴッ!!


 火矢が地面に到達すると同時に、火の壁が立ち昇った。それはちょうど『エンゼルランプ』を囲うように現れ、彼女達は火と城壁で囲まれることになった。


「うん、上々だねぇ。あれはどのくらい保ちますかぁ?」


「大体5分くらいでしょう。それだけあれば事足ります」


 何故地面が燃えたのか?その答えは至ってシンプルである。


 油を染み込ませた土と布を用意し、その上にサラサラの砂をかけることで潜ませたのだ。


 ただ、それを実行することはそれほど容易ではない。油染み込ませた地面が火をあげるには、上にかける砂が多すぎてはいけない。反対に砂が少なすぎれば進んでくる者達に気付かれてしまう。


 その絶妙なバランスを考えだしたのがアルベルトだ。彼は砦に着くや否やこの実験を繰り返していたのだ。ライナスが見た穴掘りはこのためのものであった。


「今こそ好機!丸太を落としなさい!」


 アルベルトの声が辺りに響き渡る。その声にゴロゴロと雷のような音が続いた。そして、


「きゃああぁぁぁ!!?」


「うわああぁぁぁ!!?」


 城壁の下から悲鳴が上がった。ある者は落ちてきた丸太に潰され、ある者は丸太にはじかれた盾や剣にぶつかった。


「全て落としてしまっても構いません。今は『エンゼルランプ』の力を削ぐことだけに集中するのです!!」


 再度響く彼の声に兵士たちは応と返す。その下ではなんとか落ち着きを取り戻した『エンゼルランプ』の兵達が負傷したものを引きずり撤退しようとしていた。が、


「後ろには炎の壁があります。さぁ、どうします?」


 辺りを見回し安全を確認してから城壁の縁に立つ。そこから彼女たちの動きを見ていると、


「……なるほど、そうきますか」


 アルベルトの視線の先には、炎の河に大盾を敷き、道を作る『エンゼルランプ』の姿があった。大盾の表は鉄、それは火矢も通さない物で炎の噴き出る地面に敷けば鎮火することが出来るだろう。ただし、それだけでは裏の木の部分が燃えてしまう。


 その問題を解決したのは彼女達の判断力、行動力、そして何より勇気だった。無事な者が大盾を横に隙間なく構え、横からの炎の侵入を防いだのだ。


 しかし言うは易く行うは難し。炎の侵入を防ぐのは、流れてくる水をせき止めるがごとくほんのわずかな隙間も許されず、何より盾を突きぬけてくる熱さに耐えなければならない。


 そんな難行を彼女達はやり遂げて見せたのだ。


 そしてそんな彼女達の美しさすら感じさせる引き際に、城壁の兵達は追撃の矢を射かけることも忘れて見惚れていた。


 結果的に見れば相手の損害はこちらから確認できただけで死者0名、丸太による負傷者約110名、火傷を負った者が約10名、うち今回の『ゲーム』中に復帰できそうなのは50名ほどであった。


「全く、流石と言うほかありませんね。こちらが想定していたほどの戦果は上がりませんでしたが……まぁ王国屈指の『エンゼルランプ』相手にこれだけ損害を与えられれば上出来でしょう」


「アルベルト」


 一人うんうんと頷くアルベルトに後ろから声がかかる。


「なんでしょうか?兄上」


「さっき落としてた丸太だけど、もう少し太かったらもっとダメージを与えられたんじゃないかな?」


 落とした丸太を指さすライナス。彼の言うとおり、先程兵達が落としていた丸太は、丸太にしては少し細すぎるものが多かった。


「いいんですよ兄上。あまり大きいものだと相手を死なせてしまう可能性がありましたから」


「……うん。確かに『ゲーム』で死なせてしまうのはかわいそうだけど、僕達としても負けられないんだろう?」


 心配そうな顔で自分を見つめる兄にそっと首を振ってみせる。


「これが一番有効的なんですよ。もちろん、『ゲーム』で彼女達を死なせたくないという気持ちはあります。イキシアの親衛隊である『エンゼルランプ』をはじめ親衛隊に選ばれる者たちはみんな精鋭ばかりですから」


 彼らはアリステア王国の貴重な財産なんですよ、と彼は続ける。


「しかし小さめの丸太を使った一番の理由は、『負傷させること』にあります」


 アルベルトはぴっと人差し指を立てた。


「いいですか、兄上。人は死んでしまえばどうすることもできません。死んだ本人も、その友人もです。死んでしまった者はどうやっても生き返ることはありません。だから戦場で死んでしまった者たちはその場に捨て置かれるのです」


「それは……悲しいことだね」


「仕方のないことです。どうしようもないものを気にかけていては自分が死んでしまう。それが戦場というものです」


 私も直接体験した訳ではありませんが、とアルベルトは苦笑した。


「それは置いておくとして。逆に言えば人は死なない限り助かる、もう少し言えば五体満足でいられる可能性があるのです」


 つまり、


「負傷した兵士は助かる見込みがある場合、大抵は衛生兵の世話になるのです。しかし、衛生兵の数も無限ではありません。負傷者が増えれば自然と手が足りなくなります。そういった場合は通常の兵士たちも駆りだされます。するとどうなるでしょう?」


「戦う人が少なくなる?」


 アルベルトは小さな声で紡がれた答えにわずかばかり頬を緩ませた。


「その通りです。これは籠城において特に有効な戦術です。敵の戦力を減らしたい場合はとってはいけない戦術ですが、時間を稼ぎたい時、たとえば援軍などを待ったり相手の士気が下がるのを待つ場合ですね、そんな時に良く使われる戦術なのです」


「へぇ、ちゃんと考えているんだね」


 ライナスが感心していると、アルベルトは彼の肩に手を置いて言った。


「兄上。あなたも少しずつで構いません、こういったことも学んでおいてください。いつかあなたは私やイキシア、他の兄弟達抜きで敵と渡り合わなければならない時が必ず来ます。その時にきっと役に立つはずですから」


「……でも、僕は」


「学ぼうとする心が大切なんですよ。出来ないからといってやらなければいつまでたっても出来ないままです。ですが、少しずつでもやっておけばいつか開花する可能性はあります。決して自分を磨くことを忘れないでください」


 平時にない熱意を向けてくる彼に、ライナスは困り顔になった。


「……わかったよ。これが終わって、王となったその時には勉強してみることにするよ」


「伝令!敵陣に新たな動きあり!!」


 物見台から敵陣の動きを見ていた兵士からの報告を受け、ライナスとアルベルトも敵陣の歩を見やった。


 その視線の先にはちょうど三つに分かれ、こちらの城に向って突撃してくる敵の部隊があった。


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