86 報告
side栗原心
その日、俺の執務室に研究者の山野君が訪ねてきた。
「どうしたんだね?
君が研究室から出るのは初めて見るな。」
俺は言った。
「覚醒体の調教が終わりましたので、ご報告に上がりました。」
「それは本当か!?」
「はい。
電流での教育で、ほぼほぼこちらの言う事は聞きます。」
「ほぼほぼ…か…」
「実際にどう動くのか、試してみたいのですが…」
山野君は言う。
「では、南月区に放とう。」
「南月区、ですか?」
山野君は少し意外そうな顔をした。
「なんだね?
問題があるかね?」
「いえ、ただ少し意外でした…
ダンジョンの中で実験するものかと…」
「ダンジョンにいつもダイバーが居るとは限らんからね。」
俺はタバコを消しながらそう言った。
「しかし、それだと一般人に被害が出るのでは?」
山野君が言う。
「多少なら問題あるまい。
これは、偉大な日本への第一歩なのだから。
それに、南月区を選んだのはある理由がある。」
「ある理由?」
「離反した公認ダイバーが立ち上げたCOCOダイバー局というものが南月区にあるらしい。
我々の覚醒体と第一回戦といこうじゃないか。」
「…分かりました。
では、覚醒体を強化しておきます。」
「ふむ。
ところで何の覚醒体なんだね?」
「リザードマンです。
だいぶ能力値は上がっているかと思います。
名前は…
そうですね…
スタートン、でいかがでしょうか?
始まりの意味を込めて…」
「スタートンか…
悪くないな。
では、君にスタートンの試験的運用を命じる。
スタートンのテストは3日後だ。
期待している。」
「かしこまりました。
では、失礼します。」
そして、山野君は出て行った。
スタートン、か…
果たしてこれが偉大なる日本の第一歩になるのか…?
いいや、ならなければ困るのだ。
そのためには犠牲は多少は仕方ないだろう。
その時、古野が入ってきた。
古野米介。
公認ダイバーの採用担当者だ。
「どうしたんですか?」
俺は言った。
「いやぁ、公認ダイバー達が大和ダンジョン委員会に猜疑心を持っているようでネェ。
ほらほら、覚醒体の実験に何人かエサにしただろう?
それで、ほら…」
「ふん。
放っておくんですね。
離反したら、また新しい公認ダイバーを雇えば良いだけでしょう。」
「うーん、マァネ!
ところで覚醒体の実験の成果はどうダネ?」
「3日後に試験的運用します。
楽しみにしていてください。」
「ほぉ!
楽しみなんダネ!」
そして、俺たちはドンペリで乾杯した。
偉大なる日本の第一歩に…
そして、日本が、いや、この大和ダンジョン委員会が世界征服する未来に向かって…




