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28話:業の立証

 その部屋は、いかにも美々(びび)しく飾り立てられていた。

 床には精緻な彫刻がびっしりと刻み込まれ、あらゆる壁に絵画が描かれている。壁の絵の額縁めいてそびえる柱は、ゆるやかなアーチを形作って、丸天井を支えている。その天井にまで、彫刻と絵画はほどこされていた。空白を恐れるかのような過剰な(けん)(らん)さは、しつらえられた調度品の一つひとつにも及んでいる。


 城の宝物殿だ。

 かつて獣族(ガルー)の将軍が、おのれの()を示すために(ぜい)を凝らし、いまや(かえり)みる者もないその部屋は、アマリアたちが他の魔族の耳目を避けて密談するにあたり、ふさわしい荒廃をまとっていた。

 (しゅう)(しゅう)された珍品名品を日射から守るため、その部屋には窓が無かった。開放感を好む獣族の建築において、ここは貴重な密室と言えた。蜘蛛の巣と(ほこり)に彩られたその空間には、今、アマリアとロトゥンハーシャ、それから大量の植木鉢が、ひっそりと肩を並べていた。




 アマリアとオルヴェステルは、アウン・ラプ洞窟から帰還したその日の深夜、王の私室につどって話し合った。気づきが(きり)と消えてしまう前に、アマリアは急いでこれを共有しておきたかった。


『周囲の環境のマナを奪っているのは、やはり魔族に違いありません』


 魔族の性質に関する再びの主張に、オルヴェステルは、此度は耳を傾けた。


『しかし、常に奪っているのではない、と、わたくしも仮説を訂正させていただきます。魔族が周囲のマナを吸収するのには、条件があるようです』


『その条件こそが、古代、地下生活時代、そして現代における、呪いの発現の差に関わるというのだな?』


『はい。条件は、おそらくこうです。魔族は、自身の体内のマナが不足したときに限り、周囲から不足分を吸収する』


『推論の根拠は?』


『アウン・ラプ洞窟における、魔術師たちの休憩所です。地下洞窟時代には無いと思われていた呪いですが、実際には、休憩所でのみ発生していました。あれを引き起こしたのは、(こん)(ぱい)した魔術師たちであると、わたくしは考えます。魔術師たちはマナ欠乏を起こしていたのです』


 老魔術師は語っていた。魔術工房で働く魔術師たちは、誰もが頻繁に鼻血を吹いて倒れていたと。()しくも、土壌生物にマナを与えすぎて倒れたアマリアと、まったく同じ症状だ。

 魔術は、マナを消耗するのだ。


『通常、失われたマナというのは、生涯において回復することはありません。わたくしどもイェラ王族は、(しん)()の血により、特別に天神よりマナを授かることができます。

 では、天神アドゥマのご加護なき魔術師たちは、どのようにして、失われたマナを回復していたのでしょうか?』


『……休憩所の動植物から、奪っていたというわけか』


 アマリアはうなずいた。


『はい。また、あの魔術師のご老人は、こうもおっしゃっていました。新しい農場を作る際、魔術を提供したが、失敗に終わったと。これは憶測ですが、術の使用者が、農作物のマナを奪ってしまっていたのでは? そのために、農場関係者からは、魔術が役に立たないと思われていたのではないでしょうか。生きた動植物を用いない、他の職人からは、魔術師は頼りにされていたようですし』


 オルヴェステルは、険しい顔で考え込んだ。


『……アウン・ラプにおいて、魔術を稼業とするものは、ほんのひと握りだった。王であり魔術師であった伯父上も、魔術師は古代に比べてずいぶん減ったと話していた。かつて魔術は日常の技であったのに、異民族による虐殺と、無常な時代の流れにより、その知識と担い手の多くが失われたのだと。

 つまり、魔族が地上で迫害を受けていた古代、魔術師は今よりずっと多かったのだ』


 アマリアは、慎重に言葉を選んで、考えを述べた。


『古くは広く用いられていた魔術と、それによってマナ欠乏状態となった魔族たちによる、マナ奪取。それらが、古代における魔族への、偏見の種となったのかもしれません。

 マナに関する知識は、今でさえ、我がイェラ神国など、天神アドゥマを(ほう)ずる国にしか伝わっておりません。魔族を恐れた古代の人々は、魔族と、魔術と、マナとの関係を、冷静に()(かん)して捉えることができなかったのでしょう。

 無論、恐怖をぬぐうためならば、どのような残酷な手段を選んでもよいとは、わたくしは決して思いません』


 オルヴェステルは、アマリアをじっと見据え、言った。


『……現在、魔術師の人数は、二十年前からほとんど増えていない。七十七名の魔術師たちは、その全員が、涙の大公ネノシエンテの()()として、翼の属領に(ちゅう)(とん)している。しかし、呪いはすべての魔族の生活圏において進行している』


『はい』


『お前はこれが、ダースラーンの秘術によるものだと言いたいのだな?』


 アマリアははっきりと(がえ)んじた。


『その通りです。術の詳細な定義こそわかりませんが、ダースラーンの秘術は、各魔族の体内マナを駆動して、その身体能力を強化するものです。それによって不足したマナは、各々が周辺環境から吸収して補っている……』


 身を乗り出して、アマリアは言った。


『ですから、呪いを完全に止めるためには……ダースラーンの秘術の停止と、魔術の使用禁止。これらをおこなわなくてはならないのです』


 オルヴェステルは、深い苦悩の息を吐いた。疑っている様子はなかったが、何かの間違いであってくれれば、という内心の願いが垣間見えた。彼の眼は、呪いの謎の真相そのものではなく、その先にある国の行く末を見つめていた。


『……お前の仮説が正しいかどうかは、より一層の検証を重ねなければならない。マナが目に見えぬものである以上、可能な限り多くの事例を重ねて、確からしさを補う必要がある』


 アマリアは「もちろん、そのつもりです」と、うなずいた。こうして、翌日から忙しない検証の日々が始まった。二人は、城内の魔族の目を避けて秘密を守るために、宝物殿を新たな実験場に選んだ。なおかつ、一日のほとんどを公務にとらわれるオルヴェステルの代わりに、ロトゥンハーシャに協力を仰いだ。




 検証の成果は、上々だった。以前より仮説が具体化されたことで、検証すべき内容もあらかた固まっていた。


 環境のマナを顕著に吸収したのは、主に二つ。異能力と、自己治癒能力だ。

 これは、宝物殿に植木鉢を置いて、その近くで、秘術の効果が働くような行動を、ロトゥンハーシャがおこなって確かめた。単に魔族が近くで過ごすだけならば、花はほとんど弱らない。しかし、(つく)(きず)をして治りを待つ間や、異能力で血を操って動かし続ける間、花は目に見えて急速に枯れた。


 魔術が本当にマナを消費することも確認できた。これは、アマリアからネノシエンテに送った手紙が功を奏した。

 『アウン・ラプ洞窟で皆さまのご活躍を拝見しているうちに、魔術にすっかり興味がわきました。よろしければ、簡単な術を教えてください』——そんな内容の手紙に、ネノシエンテは、経典かと疑うほどの情熱的な長文の手紙と、初学者向けの魔術の文献、そして初歩の魔術の呪印が描かれた石板を何十枚も送ってきた。自分の専門分野に関心を示されただけで、人はこうまで狂喜するのかと、アマリアは若干おびえた。

 ネノシエンテ直筆の説明書に従って、ロトゥンハーシャが呪歌を読み上げ、鉢植えの間近で魔術を使ってみた。石板が光を放つだけの、ささやかな術だ。それでも、花はその葉をはらりと落として、くたびれた。


 魔術を使用できるのは、魔族だけであることもわかった。

 ロトゥンハーシャだけでなく、オルヴェステルも、通りすがりの何も知らないキーラタも、魔術の石板を光らせることができたのに、アマリアだけは、何度試そうと上手くいかなかった。


(自身の体内マナを駆動することができるのは、魔族の特権なんだ)


 あるいは、他者のマナに干渉できるというのも、魔族特有の能力なのだろう。彼らは悪魔とさげすまれたが、実際には、イェラ神国の人々が崇める天の神々に近い存在なのかもしれない、とアマリアは思った。




 事件が起こったのは、検証開始から十日目のことだった。

 アマリアは、消耗した植木鉢にマナを補充しながら、次に行う実験について、ロトゥンハーシャに説明していた。


「魔族がマナ奪取を行う際の、対象の選び方について調べます。

 アウン・ラプでネノシエンテどのが異能力を使ったときは、彼女の足元の植物が、円形にみるみる枯れていきました。魔族は、自身を中心とした円形範囲内の生物から、マナを吸収しているのだと思われます。

 ただ、それより近くにいた混血魔族たちは、毒によって苦しんでいましたが、マナ欠乏の症状は見られなかった……つまり、気絶はしませんでした。

 動物より植物が優先? それとも、人間からは奪わない? 対象が持つすべてのマナを(しぼ)り尽くしてしまうのか? そういうことを確かめていきます」


「そのために、あなたはこの私に、罠猟師の真似ごとをさせたわけですね」


「す、すみません……」


「いえいえ、気にしていません。まったくね」


 ロトゥンハーシャは鼻を鳴らした。言葉とは裏腹に、どう見ても怒っている。


 彼の足元には、小さなかごに入れられた野ウサギがいた。かごは全部で八つもある。実験用の動物を確保するために、他の魔族たちに隠れて、ロトゥンハーシャが城外で捕らえてきたのだった。


 「それで?」と彼はかごを持ち上げた。「どう配置するのです、この子たちを」


 アマリアは、紙に書いた図で、位置を示した。


「部屋の中心から、放射状に配置します。かごと鉢とでひと組にして、円を描くように。あ、高さも変えたいですね。それから、(しゃ)(へい)が有効かどうかも……」


「一度に全部は数が足りません。それに、試す条件は一つずつにしたほうがいい。まずは平面に、放射状に設置しましょう。動物と植物の差だけ見ます。次に高さだけ、その次が遮蔽だけです。いいですね?」


「そうしましょう、ありがとう!」


 アマリアは回復の済んだ植木鉢を抱え、ロトゥンハーシャの置いたウサギのかごの隣に、それらを並べていった。

 途中、かごの中のウサギと目が合った。何が起こるかも知らず、無邪気に鼻をひくつかせている。罪悪感に心が痛み、アマリアはそのウサギを少しなでた。


(自分でやっておいてなんだけど、実験に動物を使うのって、やっぱり可哀想……)


 研究のためにマウスやラットを使う人たちは、どのようにこれを克服したのだろうかと、アマリアは前世に思いを馳せた。目的のためと割り切るのだろうか。それとも、痛みを抱え続けるのだろうか。

 ロトゥンハーシャに「遊んでないで、てきぱきなさい」と叱られて、アマリアはあわてて作業に戻った。つまづきかけるその背中を、ウサギはじっと見つめていた。


 結果が一通り出るまで、二時間程度掛かった。

 まるきり別の生物なので単純に比較はできないが、ロトゥンハーシャが異能力を使うと、動物も植物も、同じタイミングでマナを奪われているように見受けられた。近いほどすぐ弱り、遠いほど元気を保っていた。

 魔族と生物の間に遮蔽を設けても、奪取を防ぐ効果はなかった。そして、奪取対象範囲は高さ方向にも存在することがわかった。


「この感じだと、魔族を中心に、球面状に吸収範囲が拡大していくのですね」


 手元の紙に図を書いて、アマリアは結果を整理した。このレポートは、オルヴェステルに共有するためにも、後から自分で見返すのにも役立った。ただ、他の魔族に情報が漏れるのが怖かったので、文字はすべて日本語で書いていた。

 ロトゥンハーシャが、胡乱(うろん)げにそれを覗き込む。


「相変わらず、奇妙な暗号です。絵は悪くありませんが」


「うまいでしょう、このウサギ。自信作です」


「はいはい、お上手です」


「……よし、書けた。それでは、わたくしはウサギたちにマナをあげてきますね」


「紙は私が預かりましょう。さて……」


 受け取ったレポートの図を眺めながら、ロトゥンハーシャはひとりごちた。


「より近くの生物が、より早く弱る。ですが、一番近い生物のマナをすべて吸い尽くしてから次、というわけではありませんでしたね。

 となると、まずは最も近い範囲の生物たちから均等に少しずつ取り、足りなければ範囲を広げてまた少し取り……というのが、感覚的には近そうです。最も近い範囲の生物は、そのたびに重複して奪われるので、自然と消耗が、激しく……」


 ロトゥンハーシャは語尾を途切れさせた。アマリアは、ウサギたちを回復しながら振り向いた。


「どうかしましたか?」


 彼は、口元を手で覆い、立ち尽くしていた。心なしか、表情からは血の気が引いていた。


「……ありえない、まさか、そんな」


「ロトゥンハーシャ……?」


 元気を取り戻したウサギたちも、かごの中で首を傾げている。アマリアは、立ち上がって彼のもとへ歩み寄った。

 ロトゥンハーシャは、かすれた声でつぶやいた。


「魔族は、最も近い生物から、マナを繰り返し奪う。マナを奪われると、生物は弱り、しまいには息絶える。『ダースラーンの秘術』は……魔族の肉体を強化する代わりに、魔族ひとりのマナの要求量を引き上げた……」


 真紅の瞳はこぼれ落ちそうなほど見開かれ、震えていた。彼はあえいだ。


「秘術以降、魔族の女は、子を産めなくなった。男ならば、異民族の女と子を為せるのに。妊婦にとって、最も近い生物は……胎児……」


 アマリアは息を呑んだ。

 魔族を蝕む『呪い』は、周囲の動植物のマナ欠乏だけではない。

 女が子を授からない。

 孕んでいた者は流産した。

 シシルエーネは、産まれてくる寸前だったはずなのに、未熟児同然の姿でとりあげられた。


 ロトゥンハーシャは、アマリアの腕を掴んだ。恐ろしい握力だった。痛かった。だが、何も言えなかった。アマリアは恐怖で身をすくませた。彼は明らかに取り乱していた。


「ありえない。あってはならない、そんなことは。もしも、これが真実ならば、シシルエーネ様の()(いのち)を、あのように歪めたものの正体は……父君の秘術と、母君のマナ奪取だったということになってしまう。だめだ、認めない! そんなこと、あっていいはずがない!」


「ろ、ロトゥンハー——」


「妊婦が胎児の、母親が我が子の、命を奪っていたというのですか!? 秘術のせいで、魔族は未来を失ったと!? ふざけるな、何かの間違いだ!」


 掴まれた腕が痛い。骨が折れそうだ。

 怒声に晒され、目の前が白黒する。立っていられない。

 ……立てない?


 アマリアはふらふらと崩れ落ちていた。なぜだか、頭が揺れる。ようやく少し冷静になったロトゥンハーシャは、アマリアの様子がおかしいことに遅れて気がつき、手を離した。


「申し訳ございません。あなたに責は……アマリア様? ……アマリア様、大丈夫ですか?」


 目の前の景色がざらざらする。背に当たる腕の温度で、支えられているのだと分かった。頭が妙に重い。力が入らない。

 ロトゥンハーシャが、何か言っているけれども、聞こえ方が変だ。水の中でものを聞いているようだ。目の前はどんどん暗くなる。


(具合が悪い。すごく。なんで? ……あ、もしかして、連日実験してたから? 植木鉢とウサギだけじゃなく、私もマナが減ってて……、そもそも、先週、毒とか浴びて……)


 得心が行くとともに、ぐうんと浮遊感が襲った。どうも抱えられたらしい。切れ切れに聞こえる声の中に、「医務室」という言葉をみつけ、なんとか「はい」と答えて、アマリアは意識を手放した。

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