02話:これはかつてゲームだった
『スカーレット・メイデン』は、アマリアの前世こと真理がプレイしていた、女性向けソーシャルゲームだ。
ファンからの愛称は『スカデン』。硬派なゲーム性とシビアなストーリーが評価され、一時的にインターネットで話題となった。
プレイヤーキャラクターは、暴虐の魔王のもとに人質として嫁がされる聖女。だが、花嫁行列は何者かの襲撃を受け、聖女は拉致される。
聖女をさらったのは、魔族による殺戮や支配と戦うために立ち上がった、抵抗組織『黄昏の灯』だ。
プレイヤーは、この組織のメンバーを育成・編成・指揮することで、過酷な世界に平和をもたらすため、魔王と戦っていくことになる。
女性向けゲームには珍しく、『スカデン』はバトルに重心を置いたSRPG(戦略シミュレーションゲーム)だった。
どれだけ課金して強キャラを集めても、編成、配置、進軍速度、固有スキルのタイミングなどをしっかり考えなければ、簡単には攻略できない。
そこが面白いと愛されつつも、難しすぎてなかなかクリアできず、ストーリーの続きが読めない、とブーイングされがちだった。
真理は、バトルも好きだった。それでも、ステージに合わせてたくさんのキャラクターを育てておかないといけないのに、オート周回機能が無くて、そのうえ強化素材のドロップ率も渋いという、育成コストの高さは不満だった。
お気に入りのキャラクターをせっかく育てても、兵種によってはなかなか活躍の場が巡ってこない。これもまた、しばしばファンコミュニティでの口論の火種となった。
だが、そんなのは些細な問題だ。
このゲームで何より注目されたのは、メインストーリーだ。
シナリオ更新があるたびに、ファンは熱狂して口々に感想を言い交わした。時には、SNSのトレンドになるほど大炎上だってした。
確かに、面白くはあった。
ただ、シナリオライターは猟奇趣味者と呼ばれた。
ソーシャルゲームの特性上、ガチャで獲得したキャラクターは、物語の中で、基本的に死なない。
当然だ。ユーザーがお金を出して買った商品が、途中退場したら大問題だ。
バトルシステム上でも、戦闘中に倒された味方キャラクターは、規定のクールタイムを経た後、復活して再配置できることになっていた。
それを、シナリオライターはこう解釈した。
「何回殺しても死なないんだから、何回でも殺して良いよね!」
かわいい系の美少年キャラが、顔の皮を剥がされて失明した。
平気平気。
次のステージで治るから。
剣の腕に誇りを持つ武人が、利き腕を斬り落とされた。
平気平気。
次のステージで治るから。
瀕死、欠損、当たり前。キャラクターが作中で悲鳴をあげるたびに、そのキャラクターのファンたちも阿鼻叫喚の渦に包まれた。
真理にとって思い出深いのは、初期配布キャラクターのひとり、ゼノだ。
赤毛で獣耳……アマリアを馬車から連れ出そうとした、あの少年だ。アプリのアイコンキャラでもある。
正義感と責任感にあふれるゼノは、とある中ボスとの決戦の際——両腕、両脚を順にもがれて、そのうえ火をかけられた。
もちろん、章の終盤には、治った。それどころか、満身創痍にもかかわらず、繋がったばかりの腕で中ボスにとどめをさすという、まさにゼノ主役回と言える活躍をした。
シナリオ完走後、真理はSNSを開き、「今回も面白かった! えぐかったけどゼノ格好良かった〜」と投稿して、深夜だったのでそのまま寝た。
『私の推しがダルマにされた』というタイトルの、誰かの匿名感想ブログが膾炙り、ファン同士で喧々諤々の醜い言い争いをしているのを目撃したのは、翌日の昼休みのことだった。
「戦闘不能相当の重傷を負ったことだけ分かれば物語は成立するのに、足の骨を砕かれて神経を引きちぎられるシーンの具体的な描写って必要でしたか?」
「ライターは客が女と思って舐めてるから、客が買った商品を痛めつけて楽しんでる。書き直すべき」
「いや、ゼノは無料配布なのですがw 被害者意識やばw」
「ルーイエたんがヤスリで顔の皮剥がされた時も、皆さん同じように怒ってくれましたか……?」
「ゼノは自然回復特性を持つ屈強なタンクなので、もちろん両手両足をもがれてもターン経過で回復することができる(そうかな?)」
「新録のダメージボイス、とてもえっちです」
「ダルマからも回復するタフなイケメンが今なら無料!」
「茶化せば済むと思ってる信者無理」
「シリアスな世界観なんだから過酷な描写も必要、それが嫌ならパズルゲームでもやってろ」
「今お前パズルゲームのこと馬鹿にしたか?」
真理は嫌になってSNSを閉じた。
話題は脱線しながら燃え広がり、別の界隈に届くまでになった。「スカデン」「ダルマ」「炎上」が一瞬だけトレンドワードになった。最終的に、運営からの謝罪コメントと少量の詫び石配布があり、今ならガチャが回せる! と微妙に新規ユーザーが増えた。
嵐のような事件だったが、それから一ヶ月もしない間に、『スカデン』は急にサービス終了を告知した。
ライターがクビになったとか、アプリ配信会社の表現規制に引っかかったとか、いろいろな憶測が飛び交った。
制作会社の社長がオフィスで多頭飼いしていたペットのイノシシたちがサーバー室で暴れ、あらゆるデータが吹き飛んだ、というまさかの真相がネットニュースで伝えられ、ファンもアンチも唖然としたものだ。サービス一周年記念イベントまで、あとほんの数日だったのに。
「最大瞬間風速だけはあった」と誰かが評した。
それが『スカデン』の最期だった。
閑話休題。
馬車の中で、アマリアは頭を抱えていた。
(どうしよう、いきなり失敗した!
いまの事件は、ゲームのオープニングとまったく同じだった。つまり本当は、私はちゃんと拉致されて、ゼノたちと合流して、チュートリアル戦闘をこなすべきだったはず!
……いや、仮にメインシナリオと同じルートを進んだとして、同じように攻略できる? 難しいステージは攻略動画頼みだったし、さすがにバトルの内容まで覚えてないよ。戦闘の指揮……絶対無理!
しかも打ち切りエンドだったから、ゼノがダルマにされて中ボス倒すところまでしか知らないし、ゼノがダルマにされるところは、……見たくないし。
アドリブで乗り切るにしたって、転生前の私の知識なんて、イノシシは鳥獣保護法の対象だからふだん捕まえるのは違法だけど、規定の狩猟期間中に捕獲した場合はペットにしていいってことくらいだよ……! こんなんでチートもクソもあるかっ!)
うー、うー、とうなる聖王女を案じて、侍女たちが控えめに声をかけてくる。
「アマリア様、やはりどこか痛められたのですか」
「お城についたら、すぐに医者を呼んでいただきましょう」
はっと我に返る。真理はいまやアマリアなのだ。王女たるもの、ふさわしい振る舞いというものがある。聖職者でもあるのだから、なおさらだ。一瞬で姿勢を正して、アマリアは二人にほほえんだ。
「ありがとうございます。ですが、それには及びません」
「しかし……」
「わたくしは、お国のために嫁ぎます。軽々しく弱みを見せるわけには参りません。あなたたちの気持ちだけいただいておきましょう。感謝いたします」
侍女たちは、「おいたわしや……」とばかりに涙ぐんで、うなずいた。アマリアも、寝違えたイノシシのようにうなるのは止めにして、健気っぽく目を伏せておいた。
(どれだけ悩んだってもうやり直せないんだから、腹を括るしかないか。
はあ、でも、よりによってラスボスと結婚……。ひどい目に遭わずに済めばいいんだけど……)
暗すぎる先行きを思って落としたため息は、今度こそ、不幸な政略結婚のせいだと見せかけることができた。