表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/44

13話:二十年前の惨死

 裏庭での実験から十数日後の昼下がり。アマリアは、お茶を一口飲んで、深々とため息をついた。ロトゥンハーシャが露骨に嫌そうな顔をする。


「なんです、人の淹れた茶を飲むなり、ため息とは。失礼ではありませんか」


「……あ、すみません。考え事をしていて」


「それはそれで薄気味悪いですね。くよくよと落ち込むなんて、あなたらしくありませんよ」


 相変わらずの毒舌である。

 王との和解後、彼は急にまっとうな世話役らしくなった。シシルエーネの教育や看護のかたわら、城の案内や()(ごと)()(こう)、気が向けば給仕までしてくれる。だが、物言いは相変わらずだ。この男にだけは礼節を説かれたくない。

 彼は、じろりと部屋を見渡して、鼻を鳴らした。


「それにしても、また一段と散らかってきましたね、あなたの部屋は」


「散らかっているのではありません。物が増えているだけです」


「同じことでしょう」


「同じではありません、整頓されていますっ!」


「はいはい。それで、今度はいったい何をなさっているのです」


 アマリアは、窓際に増設された棚をじっと見つめて、「うう」とうなった。そこには、植木鉢が全部で十二個も並んでいて、すべてに同じ花の苗が植わっている。


 あの裏庭での実験の後、アマリアはこれらを用意した。マナを与えて育てた苗と、与えなかった苗とで、成長や衰弱の度合が変化するかを観察しているのである。

 やはり、マナを与えたほうが、明らかに健康だ。新芽の出方や葉の落ち方が顕著に変わる。植物の衰弱とマナ欠乏には、一定の因果関係が見られると言ってよい。


 アマリアは、次の検証のために、これらの鉢植えを別の場所に移動させたかった。具体的には、魔族たちの多く集まる場所、長く留まる場所、そして誰も来ない場所に置いて、衰弱速度を比べたい。

 しかし、それは城内の多くの魔族の目に触れる実験となる。


 彼女はちらりと戸口を見た。ラヤは別件で出払っていて、しばらく留守だ。今はロトゥンハーシャしかいない。彼は魔王の最側近で、秘密の共有者だ。打ち明けても構わないだろう。


「……実は、『呪い』の調査が難航して、困っているのです」


「何を今さら。魔族が二十年かけても突き止められなかったことなのですよ。あなたのようなぽっと出の小娘一人が、ほんの数日で解明できるはずが——」


「いえ、ひとつ結果が出そうなのですが、確認作業に障害があって」


「……は!?」


 ロトゥンハーシャは目をむいた。アマリアは声をひそめて、呪いの一部はおそらくマナが要因であること、魔族は周囲のマナを奪って吸収するかもしれないことを説明した。

 彼は唇に指を添えて、「ふむ」とうなった。


「魔族の性質に関する考察は、(おおやけ)にはできませんね。仮に事実だったとしても、民からの反感を減らすためには、その性質を解決する方策と共に発表する必要があるでしょう」


「ですが、解決策を得るにも、仮説を検証するにも、調査のためにとれる手段が足りないのです。魔族に関する調査なのに、魔族に知られてはいけないなんて……」


「だとしても、陛下のご判断は賢明です。もしも他の大公たちに情報が流れた場合、あなたは八つ裂き間違い無しですよ」


「うう……」


 アマリアはすっかり弱りはてた。八つ裂きは勘弁願いたい。

 へなへなと卓に突っ伏し、思わず彼女は本音をこぼした。魔王の味方で、おまけに無礼なロトゥンハーシャ相手ならば、何を言ってもいいだろうという甘えがあった。


「一番わからないのが、大公たちの抱く、その(かたく)なな復讐心なのです。どうして彼らは、そこまで殺戮にこだわるのでしょうか?

 ラヤの昔語りによれば、『かつて土地を奪われ、北へと追いやられたから、異民族が憎い』ということでした。一方で、地下洞窟に辿り着いて以降の、現在の魔族王家は、二百年ほど続いているとも聞きました。二百年間も、ご先祖様と同じ強さの憎しみを、抱き続けられるものでしょうか?

 わたくしは、イェラの生まれ。平和な国で過ごしてきましたし、当事者ではありませんから、大公たちの気持ちがいまいち想像できないのです」


 (いら)えは無かった。

 一つ言えばすぐさま百も言い返すロトゥンハーシャが黙るとは。上目遣いで様子をうかがい、アマリアはどきりとした。

 いつになく真剣な表情で、彼はアマリアをひたと見つめていた。赤々とした血色のまなざしに、常の気安さは欠片もなかった。

 ロトゥンハーシャは静かにたずねた。


「ラヤは、魔族の抱く憎しみの所以(ゆえん)を、そう説明したのですね」


「……はい」


「なるほど。あの子は、あなたを気遣ったようだ」


 ふう、と息をつき、ロトゥンハーシャは椅子を引いて座った。重要な話の気配がして、アマリアも背筋を伸ばした。


「遠い祖先の受けた仕打ちに対して、憎しみを持ち続けられる理由がわからない、というのは、正直なところ、同感です。私の生まれは、北部の地下洞窟ではありません。現在『翼の属領』と呼ばれている、鳥族(ハルピュイア)の国で生まれましたから」


「え……?」


「奴隷だったのですよ。遥か昔、魔族が北へと逃れた際、何らかの理由で各地に取り残された、少数の残留魔族たち。私の父母は、その末裔だったようです」


 アマリアは目をみはった。そう言えば、ラヤは言っていた。『あの方も、昔は大変な苦労をされたのです』と……。

 当のロトゥンハーシャは、つまらなそうに目を逸らして、銀の髪を指で(もてあそ)びながら、淡々と言った。


「隠れ住んでいた家が見つかって、父は殺されましたが、母は美しく、そしてか弱い人だった。だから鳥どもは、母を殺さず奴隷にしました。幼い私も、ついでにね」


「……」


「当時の話は、やめておきましょう。くだらない。とにかく、私は他の多くの魔族と来歴を(こと)にします。ですから、(いにしえ)よりの恨み辛みがわからないのは、私もあなたと同じです」


 ふう、と鋭く息を吐き、仕切り直すように、彼は両手を組んだ。


「ですが。何百年も前の先祖のことはわからなくても、自分の親子、兄弟、そして恋人のためならば、いかがですか? 愛するそれらを無残に殺されれば、人は仇を強く憎む。いくらあなたが聖女といえども、民草のそうした心はおわかりでしょう?」


「……はい、もちろん」


「いまの魔族の原動力は、それです。殺されたのですよ。異民族どもに、愛する肉親を」


 ロトゥンハーシャの伏せられた目は、暗くよどんだ血の色をして、鈍く光った。声を低めて、彼はささやいた。


「すべての始まりは、オルヴェステル様の母君の死でした」


 ぞくりと背筋が震えた。部屋の温度が、急に下がったような気さえした。ロトゥンハーシャは、人目を(はばか)った声音で、恐ろしい過去を物語った。


「お名前は、クトゥパシャトラ様とおっしゃいました。先王ダースラーン様の妹君でもあります。明るく活発で、誰にでも分け隔てなく接し、身分の差を感じさせない方でした。

 ですから、あるとき洞窟に迷い込んだ竜族(ドラコ)の子どもにも、優しかった。挫いた足首に包帯を巻き、背におぶって、洞窟の近くにあった獣族(ガルー)の村まで送り届けて差し上げたのです。

 ……そして、人さらいの魔女だなどと、正反対の言いがかりをつけられて、殺されました。

 ひどい有様だったそうです。客人である竜族(ドラコ)の子が行方しれずになって、面子を潰された獣族(ガルー)どもは焦っていた。もてなしのために呼ばれていた鳥族(ハルピュイア)の旅芸人どもが、雇い主にごまをするため、魔族(ナイトメア)は悪魔だと(はや)したてて、その責任をなすりつけた。

 クトゥパシャトラ様は、囲まれて殴られ、立ち上がれなくなったところへ、油を浴びせられて、生きながら焼き殺されたのです」


 アマリアは言葉を失った。何の罪もない、()()の女性が、寄ってたかってなぶり殺しにされたのだ。

 ただ魔族だというだけで。


「先王ダースラーン様は、愛する妹を奪われて、憎悪と悲嘆に呑み込まれた。そうして『秘術』は生まれたのです。憎き仇に同じ痛みを返すため、先王は、際限のない力を魔族にお与えになった。ご自分の命を(なげう)ってまで……」


 ロトゥンハーシャは、苦々しく眉をひそめた。


「その後、異民族との戦いが始まり、他の魔族たちも自らの家族を失いました。戦っては失い、失っては立ち上がって、魔族は今でも戦い続けています。獣族、鳥族、竜族。始まりの悲劇を引き起こした三民族を、ひとり残らず根絶やしにするために」


 アマリアは震えていた。自分は、なんと恐ろしいことに関わってしまったのだろう。

 魔族たちは、れっきとした当事者だ。彼らの抱く復讐心は、今もまざまざと心に刻まれた生傷だ。やめろと言って簡単に止まるわけがない。


 ただ、それにしても。アマリアは、血の気の失せた顔でつぶやいた。


「……事情を聞けば聞くほど、陛下が大公たちを止めようとしているのが、不思議に思えます……」


 オルヴェステルは、あまりにもむごい経緯で、実の母親を殺されている。刃を握るに値する、誰よりも確かな理由をそなえている。

 それなのに、どうして彼は、復讐に燃える大公たちを阻む側に回っているのだろう。

 ロトゥンハーシャは、軽く肩をすくめた。


「すでにお聞き及びの通り、シシルエーネ様のためですよ。それ以上のことは、私も存じません」


「そう……。では、あなたは? 鳥族が憎くないのですか?」


「憎いことは、憎いですよ。ただ、私は怒りや憎しみよりも、オルヴェステル様への恩義のほうが強いのです」


「恩義?」


「奴隷だった私を救い出してくださったのが、他ならぬオルヴェステル様だったのですよ。あの方は、私に人間としての生をくださった。ならば私の命は、あの方の望む未来に捧げるのが道理でしょう」


 ロトゥンハーシャは誇らしげに笑んだ。彼は、心からの忠誠を、オルヴェステルに誓っているらしかった。

 アマリアは、頭を下げた。己の無知が恥ずかしかった。そして、言いにくいであろうことを惜しまず明かしてくれたことが、有り難かった。


「……わたくしは、あなたたち魔族のことを、なにも知りませんでした。教えてくださって感謝します」


「礼には及びません。誰にでもできる昔話です。ラヤは、あなたに血なまぐさい話を聞かせないため、この話を伏せてしまったようですがね」


 ロトゥンハーシャは、指を組んで「ふむ、しかし」とつぶやいた。そして真剣な表情で、ぐっと身を乗り出した。


「大公たちを警戒し、城に籠もって守られているだけでは、あなたの調査が進まないことは事実です。いかがです、いっそ相手の懐に飛び込んで、その目で実情を確かめるというのは」


「それは、もしかして……城の外へ?」


「ええ。その中でも、最も危険で、最も調査意義のある最前線。大公が異民族の奴隷を治めている土地、『(ぞく)(りょう)』がよいでしょう。動植物の観察だけでは、『呪い』は解決できません。我が国の人心や政治の内情も、あなたは深く理解する必要があるのでしょう?」


 ロトゥンハーシャは、挑むような眼差しを向けてきた。あなたには、その勇気と覚悟があるか? と問われているようだった。

 受けて立とう。アマリアは力強くうなずいた。


「……ええ、行きましょう、属領へ。わたくし自身が、大公や彼らの兵、そして他の民族の方々と、会って話さなくては!」


「結構、よい意気込みです。ちょうど最近、私の方で属領へ出向く用事があります。あなたも同行できないか、陛下に掛け合ってみましょう」


「お願いします! ありがとうございます、ロトゥンハーシャどの!」


 ロトゥンハーシャは「お安い御用です」と笑んだ。心なしか、以前よりずっと親身な笑顔だった。

 彼の願いが王に受け入れられ、属領訪問の許可がおりたのは、その二日後のことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ