表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/44

11話:呪いの謎をさぐれ

 鉄の大公と涙の大公は、数日間の滞在ののち、それぞれの属領へと帰還していった。


 アマリアは王妃として、謁見の間で、彼らと正式に顔を合わせる機会が設けられた。だが、事前の打ち合わせ通り、具合の悪そうなふりをして、ひと言、ふた言話しただけで、早々に退席した。

 ギルンザディンは、聖女の能力について詳しく問い詰められず、不満そうにしていた。

 その隣のネノシエンテは、王と王妃の睦まじさに笑みを隠さず、大喜びでとりなしてくれていた。

 「あの方は、他人の色恋話が大好物なのですよ」と、ロトゥンハーシャが後から教えてくれた。医務室でオルヴェステルが仕掛けてきた小芝居も、どうやらそういうわけだったらしい。


 こうして、大公たちとの直接の対面をなんとか乗り切ったアマリアは、晴れて自由の身となった。

 軟禁解除の朝、部屋を訪れたロトゥンハーシャは、深々と頭を下げた。


「今までの非礼、お詫びいたします」


「事情は聞きました。陛下のご命令を受けてということですから、お気になさらず」


「痛み入ります。では気にしません」


「え?」


「引き続き、アマリア様の世話役として、誠心誠意務めます。改めてよろしくお願いいたします」


「え、ええ……」


 有無を言わさぬ笑顔に()()され、アマリアはそれ以上の追求を諦めた。


(この人が嫌味っぽいのは、単にこういう性格なのかも……)


 さて、これまでは、閉じ込められて捨て置かれていたアマリアだったが、これからは違う。城内を自由に歩き回れるようになった。ただし、マナを扱う能力について、みだりに他者に見せたり話したりしない、という条件付きで。


 ロトゥンハーシャに案内してもらい、アマリアがまず向かったのは、馬小屋であった。馬車の牽引や騎乗のために、城では数頭の馬が飼育されている。

 アマリアは()(てい)に話しかけて、思いつくことをあれこれと聞いた。そのついでに、勧めを受けて、気の優しい老いた牝馬(ひんば)をなでさせてもらった。

 動物が苦手なのか、遠巻きに見ていたロトゥンハーシャは、満足して戻ってきたアマリアに言った。


「……馬がお好きなのですか?」


「たしかに好きですが、馬を可愛がるために来たのではありません」


「左様ですか」


「馬たちは、ほとんどが属領の獣族(ガルー)の手で育てられてから、城へと連れて来られるそうです。去年、ここで生まれたという仔馬を見せてもらったのですが、病がちで体も小さいみたい。老馬もいましたが、長生きできるのは、属領生まれの子に限られるのだとか」


「はあ……」


「さあ、休んでいないで、次へ行きますよ!」


 続いて訪れたのは、厨房だ。朝食時が済んだばかりだろうに、彼らはすでに昼の支度を始めている。そのうちの一人が、アマリアを見つけて、笑顔で駆け寄ってきた。


「もしや王妃様ですか? このような場所へ、よく来てくださいました」


「あなたは……ジョサムね?」


「その通りです。あなたにお仕えできること、嬉しく思います。もしよろしければ、今から、軽くつまむものでもご用意いたしましょうか?」


「ありがとうございます。でも、そうではないの。食材を見せてくださいませんか?」


「食材? もちろん構いませんが……」


 ジョサムは、食糧庫へ案内してくれた。巨大な倉庫だが、使っている棚は、手前側のごく一部だ。


(もとは獣族の居城だって言ってたっけ。いま、お城にいる人数と、建物の規模が合っていないんだ)


 貯蔵されている食材は、肉も野菜も、基本的には塩漬けだった。アマリアは、失敗した、と思った。前世の感覚に引きずられて、冷蔵庫を覗くような気持ちでいたのだ。


「新鮮な野菜や果実もありますか?」


「ええ。ちょうどそろそろ、運ばれてきますよ」


 ジョサムの言った通り、城へ荷馬車がやってきて、食糧庫の前まで直接乗り入れた。荷降ろしされる樽や木箱をいくつか開けさせてもらい、アマリアは次々と観察した。

 かたわらのロトゥンハーシャが、重い箱を動かす手伝いをしながら、()(げん)そうに問う。


「先ほどから、いったい何を見ているのです。つまみ食いの獲物探しというわけでもなさそうですが」


「違います。……意外と、普通だと思って」


「は?」


「呪いについて、陛下から伺ったのです。ですから、畑で採れる作物が、小さかったり、(しな)びたりしているのかなと。でも、特にそうした様子はないのですね」


 ジョサムは、「そういうことでしたか」と苦笑した。


「確かに、平原全体では、そういうものも多いそうです。でも、ここは王城ですからね。属領から送られてくる物資の品質は、選りすぐりです」


「ああ……なるほど」


 木箱に詰まったリンゴをひとつ取り、手渡しながらジョサムは言った。赤く色づき、つやつやと光っている。


「良かったらどうぞ。おいしいですよ。……穀物、野菜、肉類は、炎の大公が治める『牙の属領』から。果実と魚介は、涙の大公が治める『翼の属領』から、それぞれ送られてきます。

 どちらの属領も、辺境地帯はまだ豊かなのだそうです。魔族が駐留する領都近辺は、かなり枯れてしまったそうですが、それでも、城にはできるだけ良いものを回してくれます」


「……では、ほんとうに魔族の周辺だけが、呪いの影響を受けているのですね」


「そういうことになります。天の神様は、どうやら相当意地が悪いらしい。……っと、すみません、王妃様の前でこんなことを……」


 あわてるジョサムを、アマリアは笑顔でなだめた。


「大丈夫。……早く呪いが解決するよう、わたくしも日々、天に祈りましょう」


 手伝ってくれた礼を告げ、二人は食糧庫を後にした。部屋に戻る道すがら、アマリアは通路脇の花壇をぼんやりと眺めた。


(……(しお)れているけれど、咲いてはいるのね)


 ロトゥンハーシャも同じ花を見て、言った。


「キーラタの怠慢ではありませんよ。魔族の育てる植物は、すぐに萎れてしまうのです。切り花などにすると、枯れるのが特に早い」


「……寂しいものですね」


 自室に戻ると、ラヤが待っていた。彼女は笑顔であるじを出迎えた。


「お帰りなさいませ、アマリア様! 久しぶりのお外はいかがでしたか」


「ただいま、ラヤ。馬小屋で馬をなでさせてもらったわ。それから、ジョサムとじかに会ってお話しできました。彼がリンゴをくれたから、一緒に食べましょう。ナイフはある?」


「あ、私が剥きます! お茶もお淹れしますね。ロトゥンハーシャ様もご一緒なさいますか?」


 そこへ、従僕の一人が呼びに来た。


「大公様、王太子様がお目覚めです」


「おや。すぐ伺います。……ラヤ、そういうことですから、私のぶんは結構です。アマリア様、本日はこれにて失礼いたします」


「ええ、行ってあげてください。今日はありがとう」


「滅相もない。では」


 去りゆく背を見送って、ラヤは嬉しそうにほほえんだ。


「陛下もロトゥンハーシャ様も、アマリア様と仲直りしてくださって、本当によかったです」


 ラヤは、アマリアと王たちの対立に、心を痛めていた。ようやく訪れたこの平和は、彼女が望んでいた光景だろう。


(ロトゥンハーシャは、まだちょっと嫌味だけど。ま、許容範囲だし、いっか)


 円卓に刺繍入りクロスを敷いて、二人はささやかなお茶会を開いた。新鮮なリンゴはシャリッと甘く、みずみずしい。ラヤと仲良く笑み交わしながら、アマリアはしばし歓談を楽しんだ。

 ひと呼吸ついた頃、アマリアは真剣に切り出した。


「ラヤ。あなたにどうしても聞きたいことがあるの」


「はい、なんでございましょう」


「とっても失礼な質問なのだけれど、いい?」


「大丈夫です、どんとこいです!」


 すっかり親身なラヤの態度に安心する。アマリアはぐっと身を乗り出し、声をひそめた。


「あのね……ラヤ、いま何歳?」


「そんなことでしたか。二十四歳です!」


「そう、にじゅ……ええっ! すごく年上……!」


「えへへ。魔族はみんな若作りです。『秘術』で、普通の半分しか老いませんから」


「そ、そうよね、なるほど。……それでね、その、キーラタとは、どこまで進んでるの?」


「えっ、あ、あの……まだ、き、キスだけです」


「わっ……! どうしましょう、わたくしまでドキドキしてきました」


「うう、彼が奥手なんです」


「確かに、そんな感じするわね。……あのね、これが最後の質問で、本当に申し訳ないのだけど……」


「ど、どんとこいです」


「……ラヤ、月のものは、来ている?」


 ラヤは、リンゴより真っ赤になって、ついに言葉が継げなくなった。代わりに、こくこくと何度もうなずいた。

 アマリアも恥ずかしくなって、彼女の両手を、自分の両手で、あわてて包んだ。


「ご、ごめんねラヤ、本当にありがとう。もう聞かないし、もちろん誰にも言わないわ」


「あう、あう、あう」


「ごめんなさい、ありがとう。ええと、お茶飲みましょう、お茶!」


 二人は、浴びるようにお茶を飲んだ。ポットのお湯が空になって、ようやく落ち着いた後、アマリアは改めてお礼を言った。


「ラヤ、ありがとう。魔族の女性で、親しい仲の、あなたにしか聞けなかったの。調べもののために、どうしても知りたくて」


「調べもの、でございますか?」


「そう。今日、お城のあちこちに出かけたのも、そのためです」


 アマリアは、居住まいをただして、打ち明けた。


「じつは、魔族が受けている『呪い』について、調べているのです。陛下と和解できたので、本格的に、この国についてきちんと勉強しなくてはと思いまして」


「あ。では、今の質問は、魔族の女性に子どもができない、ということの調査で……?」


「ええ。月経が止まっていないのなら、卵子は作られているのよね……」


 馬小屋の馬たちは、やや弱り気味だった。生まれたときから魔族の近くにいた仔馬は、とくに弱々しい。

 畑が衰えて作物が採れにくくなるのも、ジョサムによれば、事実らしい。庭の花壇が萎れていたのも、同じ現象だと思われる。

 しかし、どちらも()えはしている。子を授かりさえしないのは、魔族だけだ。


(動植物は、元気がないけれど、繁殖できる。魔族だけは、健康なのに、子ができない。呪いの原因は二種類あるのかな……?)


 アマリアは、魔族を苦しめる『呪い』のことを、天罰や怨念のような超自然的なものだとは、考えていなかった。むしろ、必ず何かしらの原因があるはずだと仮定していた。


(日本でも、急激に産業が発達した後は、公害病が発生して、人や環境に悪影響を与えたって習った。

 魔族の周辺に『呪い』が発生し始めたのは、二十年前から。その間、彼らの生活環境は大きく変わった。

 ……うーん、でも、原因を突き止めるには、まだまだ調べが足りないかも)


 前世の知識で、何もかもずばっと解決、とはいかないらしい。

 アマリアは、もっと地道に調査をしようと、ひとまず決意した。そのためには、同盟相手に許可を取る必要があった。




「……マナの実験?」


「はい。どうかお願いいたします」


 オルヴェステルは、眉間にしわを寄せて、じっと黙り込んだ。怒っているかのようだ。

 善は急げである。昼食を済ませてすぐに、アマリアは彼の政務室までやってきた。オルヴェステルが黙して何も語らないので、アマリアは説明を付け足した。


「大公たちが目論んでいる、『呪い』をわたくしの力で解決するという計画。あれを、実際に確かめたいのです。マナをあやつるわたくしの力が、本当に『呪い』に対して有効なのか、ということを。お許しさえいただければ、こちらの裁量で継続的に進めます。陛下のお手は(わずら)わせません」


 オルヴェステルは、目を閉じて、長々と息を吐いた。だめだろうか、とアマリアは気弱になったが、返事は意外なものだった。


「一人でおこなうのは、許可しない。実験には、必ず私が同行する。他の者は誰ひとり参加させない。場所と時刻も、事前に私が指定する。この条件でならば、許可しよう」


 アマリアは、目をぱちぱちさせて、うなずいた。

 条件つきの理由はわからないが、許可してくれるなら構わない。

 こうして、さっそく二人は予定を立てた。日時は翌朝。場所は、最もひと気のない裏庭ということに決まった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ