意外と何も起こらない
ケヴィンの住む村は「ツツジ」村と呼ばれることが多い。小さな集落であり、村民自体は村の名前を気にすることはないが、対外的には春の終わりに躑躅の花が綺麗に咲き誇るので、そう呼ばれることが多くなった。
ツツジからナーバリの町まで道程は地図で見る限り単調だった。
日が昇ると共に村を出発したケヴィンは、太陽が南中する頃には、道程の七割を歩いていた。想定よりも早く、予想よりも何も問題が起こらず、ただ歩いただけだった。
もちろん、村の外の景色は新鮮だった。森を抜け、草原を歩き、荒野へと辿り着く。この辺りで一度、休憩を取るのが良いと思い、ケヴィンは立ち止まった。
ここから先は少し荒地を歩くことになる。馬車道はあるが、少し周囲の景色が変わり、長閑な雰囲気が無くなったように感じる。
水筒に口を付けて、水を飲む。弁当はアラーナが作ってくれたサンドウィッチだ。ケヴィンは自分の荷物を脇に置き、座れそうな岩に腰掛けた。彼の荷物は大きめの登山用鞄。背負うタイプのザックである。それに木刀と鋼の剣を武器として持ってきた。鋼の剣はブルーノが昔装備していたものだった。それを叩き直し、研ぎ直したもので、村を出る時に渡された。もしもの時は剣で戦う必要がある。その時は躊躇うな、と念を押された。
昼食を終えて、少しぼんやりしながら、空を眺めた。
予想していたよりも、ここまでの道中、何も起こらなかった。
魔物に遭遇することもない。
賊に出くわすこともなかった。
そんなに頻繁に魔物や賊に遭遇したら、命が幾つあっても足りない。
ケヴィンは休憩を終えて、荒地を進んで行く。
この荒地を抜ければ、ナーバリの町が見えてくるはずだ。この辺りでは比較的大きな町で、交易の中継地である。地図の注意書きで、この荒地に賊が潜んでいることがある、となっていた。
警戒して損はない。
少し早足になりながら、周囲の警戒を怠らない。
人の気配。
動物の気配。
特に何も感じない。
自分の足音だけが聞こえる。
心臓の鼓動が早くなる。
緊張。
今日一日の中で、一番冒険をしていると実感している。
別に何も起こらない。
荒地を抜けて、町の外れが視界に入っても、緊張感は継続していた。
何も起こらない事にがっかりした自分と安堵した自分。
もう少しで町に辿り着く。
今回の仕事は荷物を届けることだ。
何事もないのが一番良い。
もう少し、気を引き締めて行こう。