勇者に憧れる者
日の出と共にこの村の者たちは動き出す。
多くの者は農業に従事し、それ以外にも狩猟に出たり、商売に勤しむ者もいるが、総人口が二百人にも満たないので、この村は基本的に自給自足、物々交換の社会である。
ケヴィンも、他の村の者と同様に、早起きをする。この生活は小さい頃からなので苦ではないが、十六歳になった彼には少し刺激が足りないと、ここ最近は感じていた。
部屋を出ると、すでに身支度をした叔父と叔母が動き回っていた。
「おはよう、ケヴィン」
優しく声を掛けてきたのが叔母のアラーナ。彼女は朝食の準備をしていた。
叔父のブルーノは農具の手入れを毎朝欠かさない。
「今日は収穫だから、忙しくなるぞ」
「そうだね」
ケヴィンは短く答えた。
共和暦百五年の秋。魔王と呼ばれ存在を勇者が倒してから百五年が経過したその年は世界的に豊作であり、人間同士の争いも徐々に緩やかになっていく兆しが見え始めた時期だと、後の歴史書が記述している。
農作業自体が嫌いなわけではない。
それでも、ケヴィンは野菜の収穫をしながら、何度も読み返した冒険物語に想いを馳せていた。魔王を倒した勇者の半生を描いた物語で、多少の脚色はあるにしろ、ほぼ事実に即しているらしい。
瑞々しい胡瓜を籠に入れながら、冒険に出たいと思いながらも、現在は魔王がいない平和な世界であるので、冒険者という仕事は今一つ需要がなく、勇者とはただのごろつき退治の仕事しかないという状況で、ケヴィンは自分の想いを明かせずにいた。
あっという間に太陽が空高く上り、昼食の時間になった。
ブルーノと自宅に戻る道中、珍しく彼は昔話をした。アラーナも農作業をしていたが早めに帰宅し、昼食の支度しているので、今は二人きりである。
「俺は今の生活をする前に、冒険者として働いたことがあるんだ」
「えっ、そうなんだ」
ケヴィンは驚いた。
そんな話は初耳だった。
若い頃に叔母夫婦はこの村に来て、今の生活を始めたと聞いていた。
「ケヴィン、お前もそういうのに憧れがあるんじゃないのか?」
ブルーノは細かいことは言わない性格だが、ケヴィンの成長を身近に感じていたに違いない。
ケヴィンは頷く。
「馬鹿げているかもしれないけど、勇者に憧れがあるんだ」
ブルーノは、ケヴィンの真剣な眼差しを見て、微笑んだ。
「勇者って、割りの良い仕事ではないからな。あまりお勧めはしないんだがな」
職業としての勇者は争乱の時代に需要がある。
「戦士も同様だった。戦う仕事は今の世界では需要がないんだよ。結局、冒険をやめたのも、ただごろつき退治に明け暮れるのに嫌気が差したっていうのもある」
もっと話を続けたかったが、自宅に到着してしまい、そこで会話が終わった。