第95話 ゴブリンキングも
一歩踏み出そうとしているそれは身体が重心を変えた瞬間、首が前にずれーーゴロンと音を立てて転がる。
「頭はころがるもの……うわぁ、緑の血も凄い……」
この世界に来てから、王様に続きゴブリンキングの頭が転がった……。
人型ではあるが、討伐すべき魔物と思っているからかーーまだ、平気、見ている分は。
ブシャッと飛び散った緑色の血が、まるで小雨のように神斗に降りかかった。
「うわぁーー!! ウィルヘルムさん、後はお願いします」
神斗は頭から緑色の血をべったり浴びて、崖の上へと駆け上がってくる。
見た目はホラーだけど、本人の必死さがなんだか可愛く見える。
「ヴィヴィオラ! 【浄化】かけて!! 早くっ!」
「わ、わ、わかった! 【浄化】っ!」
この魔法ほんと便利。
服も肌も一瞬でピカピカ、水入らずで最高だ。
「まだ反応が……あと一体いるっぽい」
「キングじゃないかなーーほら、さっきの雌でしょ?」
倒れている頭部のない身体をみてみると、頭蓋骨や骨、獣の牙やらでつくった幾重のネックレスから胸が覗いている。
「ほ、ほんとだ……。ということはクイーン? ……それを一瞬で倒すなんて、神斗もう日本人というか地球人ではなくなってるよね」
「もう、こっちで生きるって決めたからね。身体もがっしりしてきただしょ?」
ホラ見てよと言わんばかりに服をめくり、鍛えられた腹部を見せる。
私は反射的に「わぁっ!?」と声を上げ、手のひらでパッと顔を覆う。
この世界に来てから上半身裸なんて珍しくもない。
騎士団の訓練なんて、むしろ途中で上着脱ぐのが標準装備みたいなものだし……今さら驚くことでもないはず、なのに。
しかも、見てるじゃん、神斗の上半身!
傷に薬を塗った時とか、あの助けてもらったベッドの上でとかーー。
指の隙間からちらっと見ると、なかなかの細マッチョに仕上がっている。
「わっ……ほんとに6つに分かれてる! シックスパックって、ちゃんと6個あるんだーー」
神斗は笑顔で「触ってみて、固いから」と顔から手を引きはがそうとする。
ひぇえぇぇ!!
触ってみたいけど、お姉さん鼻血案件だわ。
いや……どうしよう……? 今なら触らせてもらえる空気だけど、いいの!? ダメなの!? 自問自答しながら、気持ちがぐるぐるしている。
どうしよう? 好奇心が全力疾走してる!
筋肉が呼んでいる……、筋肉が呼んでいる!
意を決して、指を……そぉ~っと伸ばして、神斗の腹部をタッチした。
柔らかい……かも……っと、カチカチになった!!
「ちょっ……今、力込めたでしょ!? かたっ、なにこれ……凄っ!」
「だしょ? 日本にいたときは受験勉強漬けで運動していなかったし、身体鍛えるなんて考えてもいなかったのに……ほんと、人生って何が起こるか分かんないね」
尻尾を自分の足にくるっと巻きながら「うん……ほんと、変わったよね」私は頷きながらつぶやいた。
「ヴィヴィオラは、見た目も日本人じゃなくなったもんね」
神斗は私の耳に手を伸ばして「でも、この耳ーーかわいいよ」と撫でてくる。
「もう!! 人生に負けずに鍛錬して偉い! 依頼終わった後でも訓練してるから神斗は偉いよ」
「ヴィヴィオラはティータイムだけどね」
あははは、と二人で笑ってたけど、まだ討伐中だった。
そんな他愛のない話をしていると、最後の魔物、今回の目的のゴブリンキングが洞穴からでてくる。
広場を見渡し、自分の同胞たちの屍を認識したキングは、片手で大剣を振りかざすと、咆哮を上げた。
咆哮の余波が空気を震わせ、地面までも微かに揺れた。
ウィルは静かに一歩踏み出したかと思うと、一気に加速し、ゴブリンキングに向かって疾風のように駆け抜けていった。
ゴブリンキングも咆哮とともに全身を振り上げ、ウィルを真正面から迎え撃つように突進してくる。
ウィルは地面をトンと軽く蹴ると、瞬く間に宙へ、空中で身体をひねって鋭く回転する。
ゴブリンキングは分厚い手を伸ばして空中のウィルを掴もうとするが、その動きは一瞬遅れ、指先は虚しく空を切った。
ウィルはキングの首の後ろーーちょうど付け根部分に見事な着地を決め、そのまま反動を使って地面へと蹴り倒す。
「倒したみたい」
「へ? あれ? ほんとだ。確かに【探索】が消えてる……。どこで剣を振ったの?」
「首の後ろに剣を突き刺してたよ」
「もう終わり……? ええ〜、私ほんと何もしないで終わっちゃったじゃん」
「ギャウ!」
アストラが、凍り付いたゴブリンを持ってパタパタと飛んでいるのをみて神斗が「アストラ、戻してきなさい」と真顔で注意していた。
ウィルがこちらに向かってにこやかに手を振ってくる。
いやそれ、血だまりの中で振る笑顔じゃないから!
「行ってみる?」
「この崖を? 7メートルはあるよ?」
「大丈夫! 大丈夫! ヴィヴィオラはビースト種だし、HP少ないけど……ンフ……運動神経的にはいけるよ」
神斗は笑いを堪えながら肩をポンポンと叩いてくる。
「笑ったね! 私だってここまでHP低いって思わなかったんだから」
「大丈夫、この世界の戦闘ジョブじゃない人と同じみたいだよ?」
神斗は「ほら、行こ、行こ」と背中を押してくる。
あぁぁぁ、高い!!
崖の端に立って見下ろした瞬間、足がすくんで心臓がぎゅっと縮こまった。
ウィルをチラッと見るとダメとジェスチャーしている。
「私も生きる為にはねっ。強くならなきゃ! 女は度胸って誰か言ってた!!」
言葉を言い終わると同時に、身体が崖から飛び出す。
風が顔を通り、髪を羽ばたかせて過ぎていく。
バシャアアアアン!!
???????????????
!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?
!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」
「ヴィヴィ! 大丈夫です! 血がついただけですから」
「ヴィヴィオラ、着地先見ないとーー。んんん。思いっきり血をかぶっちゃてるね」
神斗は「でも、飛べたでしょ?」と言いながら、申し訳なさそうに肩をすくめて笑っている。
「なんで降りてきたんです……、できます? 【浄化】使えます?」
ぴしゃっと貼りついた冷たい血が、服の隙間にじんわり染みて不快感はMAXだ。
「うぇっ……うん、で、できる……【浄化】……」
魔法の粒子が広がって、べったりついていた血がみるみるうちに消えていき、衣服が元の色に戻っていく。
見た目も匂いも、ちゃんと綺麗になってる……はず。
でも、やっぱり! 着替えたい!
「うぅぅ……この後は討伐の証を持って帰るだけ?」
「キングの頭だっけ。クイーンの頭も持っていくかぁ。ウィルヘルムさん、【収納】に入れてください」
「ええ、わかりました」
私も入れれるんだけど……。
アストラの餌用魔物がたんまり入っているが、まだまだ余裕だ。
「せっかくなので、ゴブリンの上位種の討伐証としてのアイテムと魔石を頂いていきましょうか。今回は依頼でない下位種の討伐証は捨ておきましょう。面倒ですからね」
「下位種の討伐証って左耳を切るんだっけ?」
「よし、下位種はやめよう!」
あまり積極的にはやりたくない作業。
「こんな一瞬で依頼終わるのは二人だからだよね?」
「勇者と★ですから、Sランクパーティだったら、こんなものです」
「そんなパーティ、ゴロゴロいないでしょ」
「あれ? ヴィヴィオラ、戦いたかったの? 次回は、ヴィヴィオラの分ちゃんと残しておくよ!」
「いや、そうじゃない……」
最後まで目を通していただきありがとうございます。
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