第94話 ゴブリンに八つ当たり
見下ろした崖の下には、ゴブリンたちの集落が広がっていた。
ちょうど夕食時なのか、数10匹のゴブリンが死骸となった魔物たちの腹を裂き、骨の音を立てながら生肉を引きちぎって口に運んでいた。
うわぁぁ……生肉……。
点々と灯る焚火は、調理というより灯り取りの役割らしい。
「ギャギャウゥ~」
アストラが尻尾を振りながら吠える。
警戒しているのか、興奮しているのか……判断は難しい。
「ヴィヴィはここから降りてこないでください」
「「危ないので」」
ウィルと神斗の声が重なる。
「それは、まぁ……そうなんだけど。崖の上って逃げ場がなくて怖いんだけど……」
山の空はいつの間にか暗くなっている。
後ろに広がる森はすっかり闇に沈んでいた。
灯りが欲しいのに、狙われてはいけないので【光源】の使用は禁止された。
「【探索】を常に展開しておいてくださいね。あと、念のため、後ろは気にしておいてください」
「え? 後ろの森……、広すぎるよ。私も近くに行ってはいけないかな?」
「ゴブリンは緑色の肌しているけど人型だし、今日はやめておいたほうがいいんじゃない?」
神斗は、人型の魔物が私にどんな影響を与えるかーー彼が気を使ってくれていることが、痛いほどわかった。
「たしかに……じゃあ、いつでも【治癒】できるようにスタンバイしておくね」
神斗は静かに足を開いて屈伸運動を始めた。
肩を回し、手首を振り、拳を握る。
準備というより、今か今かと戦いを待ち構えている感じだった。
ウィルはアストラに「ゴブリンはおいしくありませんからね」と念押ししている。
「なんか、危険なのはゴブリンじゃなくて、みんななんじゃない? おもいっきり暴れたいだけでしょ!」
私がウロウロしていると暴れれないと。
「「ハハハ」」
ウィルと神斗が同時に笑い出す。
無意識なのに妙に息が合っている。
ほんと、仲いいな。
「ウィルヘルムさん、この魔法使って見たいので俺から行きますね」
神斗は小さく息を吸い、静かに吐き出す。
「【閃光矢弾】!」
ゴブリンたちが食事に夢中になっている最中、その中心に眩い光の玉が突然出現した。
ゴブリンたちは「ギャギャギャッ」と甲高い声を上げながら光の玉を眺めている。
次の瞬間、光の玉が弾けるように強烈な輝きを放つと、そこから無数の閃光が四方に向かって一直線に放たれた。
光線は狙いを外すことなくゴブリンの群れを撃ち抜いていく。
ピッ、ピッ、ピッーーと、無数の閃光が走るたびに小さな破裂音が連続して響く。
ゴブリンたちは光線の矢ーーいや、魔力でできた羽根のないシャフトが身体を容赦なく貫き、悲鳴を上げる間もなくその場に崩れ落ちていった。
「うわぁ……えぐっ……3分の1いなくなった」
私は崖の上からその場の惨状を見下ろし、思わず息を呑む。
あの魔法、使いどころ困るやつだ。
範囲が広すぎて、ちょっとでも位置を間違えたら味方ごと撃ち抜きそう。
そもそも、崖の上から敵を狙える状況なんて滅多にないよ!?
あの魔法、もし平地だったら私も巻き込まれてたかも……だよ。
ウィルと神斗は魔法が鎮まったと同時に崖から飛び降りていった。
「ひゃっ!? 危ない!」
着地した瞬間、二人はバネのように地を蹴って走り始める。
この崖の高さはおよそ7メートル。
「神斗は、もう忍者じゃん。でも忍者ならまだ日本人」
ゴブリンたちはボロボロの斧を振りかざして反撃しようとするけれど、その動きは鈍くて粗い。
二人の前では、まるで木製の玩具のようだった。
神斗の一閃で十体ものゴブリンが横一線に真っ二つになり、ウィルの雷を纏った双剣はさらに容赦なく、斬り裂かれたゴブリンたちは身体ごと痺れ、感電した肉塊が宙を舞っている。
ゴブリンマジシャンが必死に火球を放つが、避ける、弾く。
ゴブリンの上位種であるマジシャンは知性があるが故、恐怖を感じ逃げ出そうと後退はじめた。
アストラはというと、どうやらゴブリンを人間の子供と勘違いしているのか、地面を凍らせてゴブリンと遊んでいるようだ……。
もちろんゴブリンたちは、アストラに怒気を込めた斧を振り回しながら襲い掛かってくる。
けれどアストラはスルン、スルンと滑るように身をひねり、まるで遊びの延長のように軽々とかわしている。
「あっ! ゴブリンの頭を凍らせた……。ちゃんと敵って認識している。よかったぁ」
私はもう一度、広場全体を見渡した。
「オーバーキルなんじゃないかなぁ……」
私は崖の上からぼそりとつぶやく。
戦場というより、災厄の通り道みたいになっている。
この広場で群れていたゴブリンが死に絶えるのに時間はかからなかった。
「ん……反応、残りは二つの大きな塊がある……」
ゴブリンを【探索】して残っている印は、洞穴入口付近とさらに奥深く。
ズゥン……ズゥン……
暗い洞穴の入口から巨大なゴブリンが姿を現した。
それは、通常のゴブリンの3倍はある筋骨隆々の体躯で、皮膚は灰がかった緑色、両腕には飾りのない鉄製の腕輪、首には幾重にもネックレスが巻かれていた。
見るだけで、格が違うと分かる。
「あれが……キング? 大きいっ!」
神斗は一瞬で気配を掴み、迷いなく剣を構えると、一歩踏み出してからの一振りなぎった。
ゴブリンは広場の惨状を見て「我ガ、子供タチ、ヲ、屠ッタ、ノハ、オ前、ナノカ?」と途切れながら低く唸る。
悲しそうな顔もせず「オ前、殺ス、ソノ、前ニ」と静かに口角を吊り上げて私の方へと視線を向けてくる。
「うわ、見つかった!! え、なんで!? 目の前の神斗よりこっちなの!」
最後まで目を通していただきありがとうございます。
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