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第93話 イラナイ手紙

《キャラバン・ジゼニア28日目ーケルンジリア47日目ー》


 鐘の音が三度響いてからおよそ1時間ーー時刻にして、たぶん16時ごろ。

 私たちはようやく、国境前に広がる検問広場へとたどり着いた。

 荷馬車、馬車といえど、牽いているのは大きくて頑丈そうなバイソンたち。

 検問前の広場には、荷馬車がびっしりと並び、まるで市場の荷車置き場みたいにぎゅうぎゅうと詰め込まれていた。

 レンギア王国からの迅速な出国の条件として、ジゼニアはゴブリンキング討伐を引き受けることになった。

 実質的な押し付け。

 そして、そのゴブリンキング討伐任務を、私たちのパーティが緊急依頼として受け持った。

 周囲に集まっていた他のパーティーやジゼニアの護衛兵たちは、どうやら任務には関与しておらず、護衛として随行しつつ今は休憩に入っているようだった。


「ゴブリンもファンタジーお約束の魔物だよね」


 私は小声で呟く。

 物語の冒頭に必ずいるようなイメージがある。

 

「狡猾で、ずる賢くて、罠とか仕掛けてくるイメージあるよね」

「魔物辞典にもそのまんま載ってたよ。群れで行動し、罠を多用するって。油断したら囲まれるって書いてあったし……ほんと気をつけないと」

「ヴィヴィオラはここに残っていた方がいいと思うけど?」


 神斗が少しだけ真剣な声で言った。

 私を気遣ってくれてるのはわかる。

 

「え~。私もゴブリンを見てみたい。それに暇すぎてアストラがソワソワしてるよ?」

「ギャウゥゥゥ」

「えぇ、一緒に行きましょう。むしろ、この場に残る方が危険な場合もありますから。討伐は1時間ほどで終わるはずです。後始末に時間がかかるだけですから」


 移動の合間や野営の休憩時間になると、アストラは怖いもの知らずの子供たちに囲まれて、フロストブレスで地面を凍らせては即席の滑り台を作って遊んでいた。

 それはそれで微笑ましい光景だったが、あまりに無防備に滑り回るから、そのうち誰かが凍った岩に頭をぶつけそうで見ているこっちが肝を冷やす。

 ウィルと私は、いつも冷や冷やしながら見守ってたので危険=アストラだ。

 とその時、砦の門がきしむ音に重なって、ガシャガシャと金属音が響いた。

 とっぷりとした腹を揺らしたレンギア王国の兵士たちとナザル・ギルド長、商統がこちらへ向かってきて、私たちの前でぴたりと足を止める。

 商統ーージゼニアで最も権威のある人物、レンギアでいう国王に匹敵する立場の人物だ。


「こちらのパーティに依頼してあるので、問題なくゴブリンキングは倒せるだろう」


 商統は落ち着いた口調でレンギア王国の兵士に告げる。

 一番手前の多分偉い兵士は、髭を触りながら私たちを舐めまわすように見てくる。

 うわん……気色悪い。

 どう考えても、お山の大将だわ。


「おいおい……こんな小娘とトカゲつれて本当に大丈夫か? 相手はキングだぞ? ゴブリンだぞ? 負けたら悲惨なことになるのになあ?」

「悲惨なこと……?」

「年中発情している魔物だ。あとはわかるな?」


 グッフフフと喉の奥から濁った笑い声を漏らす。

 うへぇ……気色悪い。


「キングなんざ……いや、我々で充分討伐可能だったさ。我々砦兵が本気で出れば、このあたりの魔物は一晩で灰になる。だが、君たちが急に仕事を増やすから、まあ、持ちつ持たれつだ、グハハハ!」

「そうですとも! 15日前に情報が届いていれば、砦長もこんな面倒な仕事を君たちに回す必要なんてなかったのですからねぇ」


 兵士の声は妙に誇らしげで、自分たちこそが本来の主力であると言いたげだった。

 どうやらこのお山の大将が砦長らしい。

 この「慈悲深い砦長!」とか「やはりご慧眼ですね」とか周りではやし立てる兵士たち。


「そうだ、15日前に言ってもらえればなぁ?」

「いやはや、無理を言って申し訳ない。砦長」


 早々にこの国から出国したいのか、形式的な謝意を示しながら商統は頭を下げる。

 ウィルは砦長の前に一歩進み出ると、何とも言えない穏やかな笑みを浮かべて口を開いた。


「ご心配ありがとうございます。ですが問題はございません。討伐は一瞬ですが後始末を終えて戻りますので、明日の朝にはご要望のキングの頭部をお持ちします」

「はんっ! そんな大口叩いてもいいのか? 帰ってこなくても助けにいかないからな!」


 砦長はニヤリと笑いながら、わざとらしい肩すくめでこちらを煽る。


「先ほど一晩で灰にできるって言っていたと思うけど、実は怖くてしかたないんじゃないですか?」

「ギャギャギャッ!」

「おい、神斗……、誰もがお前らみたいに強くないんだ」


 私はすかさず神斗の肩をバシッ、ギルド長の腕をバシッ、アストラの額をコツンと軽く叩いた。

 商統は静かに額を押さえる。


「お前らーー!」

「本当は怖くてたまらなくて、大口をたたいているんですーー。一生懸命倒してくるので寛大な心で許してください」

「そ、そうか。怖い……。いや、そうだよなぁ。そうやって、自分の力を過信してやられるんだそ。哀れだな。しかし、仕事だ! まぁ、何かあったら助けてやるかもしれん!」


 神斗は頬を膨らませて少し不満げだったけど、目的を間違えちゃいけない。

 とにかく、さっさとゴブリンキングを倒して、この国境を越えること。

 一番大事なのはそのひとつだけ。

 キャラバン・ジゼニアも私たちも。


 砦の兵士が何やら急いで走ってくる。

 兵士が運んでいる銀のトレーには、手紙が二通、紋章付きの伝令書、そして革製の小袋が丁寧に並べられていた。


「なんだこれは!」


 砦長は素早く兵士から伝令書を引っ手繰り、視線を斜めに落として中身に目を走らせる。


「先ほど急ぎで届けられました。現在、全ての検問にも通達が出ているようです」


 砦長はすぐさま隣の手紙へと指を伸ばした。


「ふむ……こちらは神斗殿宛。そして手紙は、ヴィヴィオラ殿ですな。ここにおりますかな?」


 砦長が視線をゆっくりと上げて、広場を見渡す。

 瞬間、広場にいた冒険者たちや子供たちが一斉にこちらへ視線を向ける。


「これって……完全に紛れるの失敗してない?」


 人波の視線が痛いくらいに突き刺さる中、私は神斗の袖をそっと引いて、小声でぼやいた。


「しょうがないよ。みんな俺たちが誰かなんて知らないんだし」

「大勢の前で名前を呼ばれるとは思いませんでした」


 ウィルも「これは誤算でした」と唸っていたけど、たぶん原因はキリフ領で買い出しに出たことだと思う。


「「は……い」」

「お、お前たちが?」


 渡された伝令を開く神斗は、眉を寄せながら内容をざっと目で追っていく。


「ロング副団長と一緒に魔王討伐しろってさ。あと、この金で道中をまかなえって……ああ、ヴィヴィオラの名前は……書かれてなかったよ」


 え? それは喜んでいいの?

 私……たぶん、完全に忘れられてる。

 良いのか悪いのか、ちょっと判断に困るくらいには複雑な気分だった。


「ロング副団長!? あの魔人族の奴隷の?」


 ざわ……ざわ……と、ウィルの名が出ただけで砦の兵士たちがざわめき始めた。

 どうやらウィルの名声はこの砦にも届いていたようだ。

 いや、名声というより、畏れの可能性が高い。

 それでも、ウィルは驚くことも戸惑うこともなく、顔色ひとつ変えずに立っていた。

 

「想像の範囲内ですね。ヴィヴィのほうはどうでしょう?」

「えっと……ツトムさんからのと、第5王子からみたい」

「あ〜……そっちかぁ……」


 名前を聞くだけで面倒の匂いがしたんだろう。


「……一緒に見ていいですか?」


 二人が私に身を寄せる。

 まずはツトムさんからの手紙。

 

[ヴィヴィオラちゃんへ]

お元気でしたか? ヴィヴィオラちゃんがいなくなってから、僕の心はぽっかり穴が空いたままで、何か大切なものを忘れてきてしまったような気がしているんです。……実は、前にお伝えした「従者になってくれませんか案」、あれ……まだ有効です!! 再提案させてくださいッ!! 良い提案だと思うんです!! 従者って言っても、僕のお世話をするだけなので過酷な任務とかは一切ありません! 24時間そばにいてもらうことにはなりますが……僕は紳士ですので!! 危険なことは絶対させません!(たぶん!)でも僕は聖者! 聖者の従者になってくれたら、誰も手出しできませんから! 絶対安全な環境をご提供できますッ!! だから、安心して戻ってきて下さい!! 神殿宛てにお返事ください!!……もちろん、以前は戸惑わせてしまったかもしれません。提案を受け入れてもらえなかったこと、ちゃんと覚えています。だけど、それでも、何度でも言いたいと思ってしまうんです。だって僕は本気だから。これは気まぐれじゃなくて、ヴィヴィオラちゃんがここにいてくれる未来が、僕にとって本当に必要なんです。僕の世界は、きっともう一度回り始める……そんな気がします。でも、実は本当に回るんですよ。教会から巡礼しろと言われています(物理的に!)。あなたの無事と、返事を……祈ってます。あなたのパートナー勤より


「改行ーーっ!」

「え? そこ!?」

「もう、必要ありませんよね? この手紙」


 ウィルは手紙を真っ二つに引き裂いた。

 するとすぐに神斗が指先を弾き、火の魔法【火球(ファイヤーボール)】でその紙片を一瞬で灰にした。

 ツトムさんは別に嫌がらせしてきたわけでもないから、そこまでしなくてもいいと思うんだけど……。

 

「もう一つも見ましょう」

「うん……。そうだね」


 第五王子の手紙をひらく。

 

 [ヴィヴィオラへ]

君が魔王討伐を選び、そして王宮を去ったその日──私は初めて、“拒絶”がこんなにも静かに、深く刺さるものなのだと知った。

戸惑いから、私の手を振り払ったのだろうと思っていたがいずれは泣いて懇願すると信じていたからだ。

私のそばで生きるという道を差し出したのは、気まぐれではない。

王家の血を分けた者として、君を愛妾として迎える覚悟はとっくに決めていた。

それは、君を護り、君に何一つ不自由させないという誓いでもある。

君が望むなら、今でも君の居場所はここにある。

王宮は君を拒まない──私が拒ませない。

ルードヴィヒ・レンギア


「ふう……まだ、愛妾とか言ってる。こんな名前だったんだ第5王子って」

「この手紙……もはや読む価値すらないですよね?」


 今回も、ウィルは迷いのない手つきでスッと私の手から手紙を取ると潔く手紙を真っ二つに破る。

 そして、今回も神斗が【火球(ファイヤーボール)】で手紙を燃やした。

 ぴったりのその動きに、私は思わず口元が緩んだ。

 こういう時の神斗とウィルは、言葉よりも行動で意思疎通している。


「このお金どうしよう?」


 私は手の中の白金貨を見つめながら、少し戸惑ったように呟いた。

 

「貰っとこう」

「ええ、迷惑料です」


 いいのかな……と思いつつも、渡された白金貨の重みに少し心が揺れる。

 お金の問題がなくなったら、さらにお金が貰えるなんて。

 私ってラッキー! ってことにしておこう。


「ギャウン!」

「さぁ、ゴブリン退治にいきますか」

「ええ、場所はわかりました。殲滅しましょう」

「お前たち、上位種だけでいいぞ」

「ヴィヴィは安全な所から見ていてくださいね」

「えっ……もう行くの? 待ってよ!」


 その場に残った商統とナザル・ギルド長は、「ここのゴブリン、かわいそうにな……」「砦のすぐそばに巣くうなんて、よほど腕に自信がある証拠なのにな。明日を迎えられないなんてな」と肩をすくめながらぼやいている。

 ウィルと神斗のやる気にゴブリンたちが悲惨な目に遭う未来は、誰の目にもはっきりと見えているようだった。


最後まで目を通していただきありがとうございます。

少しでも 「また読んでやるか」 と思っていただけましたら、

広告の下にある【いいね】や【☆☆☆☆☆】ポイントを入れてくださるとめっちゃ喜びます。

最後に誤字や言葉の意味が違う場合の指摘とかもお待ちしております。

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