第73話 自由に満ちた異世界
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足元を見つめながら、トボトボと宿へ向かう。
ジゼニアの商人たちの呼び声が交錯し、人々が賑やかに値切り交渉を繰り広げられている。
中央広場では、旅の吟遊詩人が軽快な曲を奏で、子供たちが駆け回りながら笑い声を響かせる。
「はぁ。神斗は凄いよね。オークだっけ? 大丈夫だった?」
オークの巨大な死骸が解体台に乗せられた瞬間、その圧倒的な存在感に、吐き気さえ忘れてしまった。
こんなのが町の外で闊歩しているの?
ジゼニアにたどり着くまでに遭遇しなくて良かった……って。
「まぁね。こればっかりはレンギア王国に感謝かな。もっとしんどかったし」
「そっか……」
多分、奴隷を殺すように強要された過去の出来事を指しているのだろう。
神斗の表情には、言葉にしきれない苦しみが滲んでいるように見えた。
「そ、そうだ。ヴィヴィオラ、少しは落ち着いた? だったらさ、気分転換に買い物にいかない? 歩いてるうちに、気も晴れるかもしれないし」
「買い物?」
思いがけない誘いに、一瞬、考えがまとまらない。
何か買いたい気分になるかな――そんな疑問が頭をよぎる。
「そう。ほら、俺って身の回りのものって何にも持ってないじゃん。服も【浄化】で綺麗にしてもらっているけど、やっぱり替えが欲しいからさ」
「確かにーーそれはちょっと困るね。じゃあ、一緒に行こうかぁ」
もしかしたら、気を使わせちゃったのかもしれない。
案の定、買い物は口実だったようだった。
目的の品選びはそっちのけで、気づけば、甘い香りに誘われるようにスイーツ店にいる。
「最近の高校生は、普通にこういう店に入るんだね~」
店内を見渡すと、ほとんど女性客で埋め尽くされていた。
男性客は神斗を含めてわずかに3人だけ。
彼らはどこか居心地が悪そうにしているようにも見えた。
「俺はーー。日本ではさ、同級生の女子とはほとんど話さなかったよ。だから、女性とどこか行くなんて、母さん以外ではなかったなぁ」
「そうなの? もしかして、ミカさんが関係してる?」
「そう、そう。影で嫌がらせをしてたんだよ。だから、誰とも話さなくなった。男の友人でさえ、俺と話した次の日にはそいつの体操服が真っ二つに切られていたんだよ! 女子の友人なんて作ったら、美香が何するかわかんなかった。しかも、小学の頃からだよ!」
もう吹っ切れているのか、神斗の言葉にはどこか軽さが感じられた。
けれど、その裏側にある長年の孤独と諦めを思うと、心が苦しい。
まぁ、そんな過去があったら、恋愛どころじゃないよね。
「イケメン君なのに……、可哀そう……。でもさ、こっちから行かなくても、普通は向こうから寄ってきそうじゃない? それすらなかったってこと? モテなかったんだね!! あっーーこれおいしい!!」
あえて冗談っぽく言ってみせる。
硬めのプリンにスプーンを入れると、弾力のある表面がしっかりと受け止め、口に入れると、とろりと広がる濃密な甘さと、苦味。
ほんのり香る砂糖の実の風味が口の中で優しく広がる。
「え!? いや! 影ではモテてたかもしんないし! って、まぁ今となってはそれもどうでもいいけど」
ブツブツ文句を言いながらとアイスティーを飲んでいる。
「フフフッ! それじゃあ、出来なかったことをこの世界でしていけばいいよ。前にも言ったけど、私は〖旅をする〗がしたいこと」
「俺はーー、まだ何がしたいのか、全然わかんないな~」
口の中で広がる甘さに、思わず笑みがこぼれる。
こんな贅沢な味を、この世界で楽しめるなんて……。
「私はね……お母さんが病気で亡くなって、一人になっちゃったの。何もかも無気力でさ。会社と家との往復。でも、不満はなかったよ。私には〖配信〗があったからね。この世界に来るときに虎さまから自由にしていいって言われて真っ先に思いついたのだ〖旅をする〗だったの」
少しぬるくなった紅茶を口に運ぶ。
「旅なんてね、日本でもできたのに。一歩が踏み出せなかった。いや、出さなかったのかな? なんか解放された感じ。もちろん、日本にいたときと同じ将来への不安はあるけどね」
「なるほどね……、確かに俺もしがらみから解放された気がする。両親には感謝はしているけど、色々つらかった。でも、この世界ではもう自由でいられるんだって」
「そうだね。出来なかったことしていけばいいんじゃない? 特にさ、女の子とデートとか!」
神斗の顔が一気に赤く染まった。
その反応があまりにもわかりやすくて思わず笑ってしまった。
「じゃあ、神斗は女の子とデートが目標ね!」
「はぁ~、……目の前にいるのは、女性じゃないの?」
「え? 私? 実年齢8歳も違うんだよ? 今の姿だと5歳かな? まぁ、年齢はともかく……デートの練習ぐらいなら付き合ってあげてもいいよ? というか私もそんなに経験ないし」
「練習って……それ、普通にデートって気がするんだけど?」
そう言いながらも、神斗はどこか楽しそうだった。
レンギア王国キリフ領は砂糖の実が特産なだけあって、甘いものが豊富らしい。
もちろん、滞留しているジゼニアも砂糖の実をたくさん仕入れているようで、スイーツの種類が豊富だった。
食べ物の美味しい異世界でよかった。
プリンなら私でも作れそう。
今度、リスナーにレシピ教えてもらおう!
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
冒険者ギルドからまっすぐに帰る予定だったのに、街を散策するうちに気づけば空が群青色に染まり、通りの灯がぽつぽつと灯る頃になっていた。
宿に戻ると、部屋の前でウィルが腕を組みながら立っていた。
表情は普段の穏やかさとは違い、少し険しい。
察するに、かなりの時間待っていたようだ。
「どこへ行ってたのですか!」
思わず「しまった!」と神斗と顔を見合わせる。
「えっと……ジゼニアの町を少し散策していて……」
「何かあったのかと心配しました!」
「ご、ごめんね……。気づいたら時間が経ってて……」
「「ごめんなさい!」」
二人揃って頭を下げると、ウィルは溜め息をついてから、少し表情を和らげた。
「私を置いていかないでくださいね」
その言葉に、じんわりと申し訳なさが込み上げる。
ウィルは口調こそ落ち着いていたが、実際はどれほど心配していたのだろう。
「もちろん。次はちゃんとウィルにも声かけるね」
「……約束ですよ?」
ウィルの言葉に神斗が苦笑する。
そりゃそうだ、大の大人がこんな風に拗ねているのだから。
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こんにちは、作者のヴィオレッタです。
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