003 召喚拒否とラッキー全振り
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「えぇっとですね……あのラーソンというお店を中心に、ショッピングモ、モール? それとマンション? があった町の中心部は、自称世直しテロリスト? に爆破されてしまったらしいです」
「へ? テロリスト?」
虎さまはなれない単語に戸惑いながらも、簡単に説明してくれた。
なるほど、テロリストとかマンションとかあんまりファンタジーでは、使わなさそうだもんね。
あくまでも自分の知っている王道ファンタジーではなんだけど。
私の住んでいたところは、政令指定都市ではあったけど、狙われるほどの何かがあるとは思えないほどの特徴のない市であった。
それなのに降って湧いた自称世直しテロリストである。
「テロリスト? が犯行声明を伝える前に、どうやら間違って……うっかり起爆してしまったらしい、という話になって……いるんです……」
「なんか歯切れ悪くないです? ……もしかして、何か隠してません?」
やっぱり、テロリストって言葉が出てくる時点で何かおかしい。
いや、そうでもないか。
日本でも過去にテロ事件は何件かあったし、ニュースで見たこともある。
「……私は、ただ聞いただけなので……」
小さな声で「もっと穏便な方法かと思っていました……」と虎さまは、申し訳なさそうにしている。
穏便? その言い方、何でこうなったか理由があるみたいな……。
それにしても、おっちょこちょいのテロリストって何!?
爆弾の規模もバグってるバグってるっていうか、もはや戦争レベル。
……まさか核でも持ち込んだの?
爆破した直後、電波ジャックして犯行予告を流したらしい。
テロ犯行予告した人は、電波ジャック中に仲間がうっかり起爆してしまったと聞いて、目が泳いで情けない様子だったそうだ。
顔を赤く染めながら「今度はちゃんと間違いなく予告するんだからねっ」だってさ。
なにやってくれてんの!?
いや、犯行予告した人は悪くないか……。
いやいや、仲間なんだから同罪だわ!
あの日は休日だったこともあって、ショッピングモールや周辺のマンションには、きっと数千人はいたはず。
「他の人たちは? みんなここにいたってことですか?」
「ええ、まずはここに集まっていただきました。その後、星に振り分けられました。私の星に来てもらうのはあなたを含めた5人です」
老若男女問わず異世界に召喚されたらしい。
赤ちゃんまでも? 嘘でしょ? 酷すぎる……。
「ちゃんと保護者となる人と一緒にしてあります」
「うわぁ、私の思考読みましたね!」
「ちゃんと訂正しとこうと……ゴホン、実は私もこの召喚には……は乗り気ではなくてですね。最後に残った君たちを押し付けられたわけです」
起きるのが遅くて……売れ残りだった……。
ともかく、そのまま生き返ることもそのまま消滅することもできないと説明をうけた。
やっぱり気になって「他の星には行けるのに?」とつついたけど、苦笑いされた。
う~ん……それならば。
「二つ条件があります」
①配信活動は続けたい!
②ラッキー全振りで!
ラッキー全振りは、最近ハマっていたゲームで流行っていたスキル振り。
ラッキー全振りしたら、こんな不運に今後巻き込まれずに済むはず!
これが許されないならここに居座ってやる。
強い意志を込めて、虎さまの瞳をまっすぐ見つめた。
虎さまは深いため息を吐きながら、めんどくさそうに目を閉じた。
「他の星へ召喚された者たちも不満は表明してましたが、最終的には嬉々として転移していったのに。居座るなんて……前代未聞です」
「また私の思考を読みました!?」
虎さまは「ハハハ」と笑って流した。
「わかりました……基本的に要望は聞かなくてはいけないルールなので」
「えっ、そうなの!? やったー! 虎さま素敵!」
「『虎さま』って、私のことですか?」
私も「ハハハ」と笑って流す。
名前、勝手に付けてたのバレちゃった。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
〖ジョブ〗
話を聞くとジョブは、テンプレートのようなもので、勇者を選ぶと自動的に光属性とか決まるらしい。
不満を言っている人たちもいたけど、渋々ジョブを選んで召喚されていったらしい。
同じ星に召喚される人たちは、ノリノリに選んだそうだけど。
召喚されたくない、配信したい、居座るなど、クレーマーみたいになっているの自覚ある。
ごめんなさい。
ところでそれぞれの星の人気ジョブは、勇者・聖女・剣聖・賢者とかオーソドックスで主人公的な強さを持っているジョブ。
確かにどうせなら「勇者様!我が国をお救いください!」ってされたいもんね。
あと生きるためには純粋に強さが自分の身を守るだろうし。
でも、私は嫌だな。
そんな責任があるジョブ。
「今回の召喚に目的とか使命とか……あるんです?」
「管理者としては、ないですよ」
管理者としてはない。
しかしながら、召喚した人たちは目的はあるといったところだろうか。
虎さまは首を横に振った。
「そういうものはなく自由に生きてもらえばいいです」
「へぇ~、じゃあ、世界を見てみたい! 旅とかしても?」
「えぇ、大丈夫です。お好きに生きてください」
よかった……どうやら、命がけの戦いや恐怖体験は回避できそう。
少しだけ、肩の力が抜けた。
もし「魔王を倒せ」とか「悪者と戦え」とか言われたら、泣いちゃうよね。
虎さまは宙に向けて手をせわしなく動かしている。
私の視界には、虎さまの黒くてぷっくりした肉球がフニフニと動いていて、眼福。
何にも見えないけど……タッチパネルのシステムとかタブレットのようなものとかが、あるんだろうか?
異世界転生ものの小説や漫画でよく見るステータス画面、かなりのオーバーテクノロジーよね。ご都合主義だけど、ぜひ虎さまの星にも導入していただきたい。
わかりやすい、見やすい、正義。
突然、カチリと音がした。
虎さまの「あぁ……」とぼんやり声を漏らした瞬間、身体がぽわっと光を放った。
すると、ふわりと空から、とても大きな虎の手が目の前に降りてきた。
ぷっくりとした黒い肉球が可愛い。
グッパッと手を開いて閉じてを繰り返したのち、、ぐいっと私の腰を持ち上げて、虎さまのふわふわ胸元まで一気に運ばれた。
「うわぁゃぁ――! 高いっ! 高いっ!」
虎さまの胸元まで持ち上げられ、人形を触るかのごとく撫でまわしてくる。
「や、や、やめ!」
「……」
「んんふふぅ……本当にどうしたんですか?」
肉球の周りにふわふわと生えている柔らかい毛が、ちょっとくすぐったい。
「……あぁ、ごめんなさい。先に謝っておきます」
「えっ、何か……ありました?」
虎さまは目を細めて、何かを考えているような顔で、喉をゴロゴロと鳴らし始めた。
でも、問いかけには返事がない。
「ぷっ。ゴロゴロして大きい猫みたい……」
なんでこんなに機嫌が良いのだろう?
無理難題を吹っ掛けたのに、まるでご褒美でももらったみたいな顔してる。
突然の虎さまの様子に不思議だなと思っていると空気の隙間からどこか艶っぽい声が滑り込んできた。。
「あらあら、真面目なあなたが悩んでいるみたいだから、ちょっと様子を見に来たのに。そんな顔して――。あたくしにはそんな顔見せたことがないのに妬けちゃうわぁ。……あら、まだあの件で怒ってるの? あなた真面目過ぎてつまらないんだもの。仕方がないでしょう?」
ウフフと艶やかに笑う女性とは対照的に、虎さまの顔は一瞬で感情を閉ざしたように無表情になった。
目の前の虎さまが獣人の姿なのに対し、現れた女性は人間の姿をしていた。
真っ赤なロングヘアーがふわりと揺れ、まるで炎のように艶めく美女。
やはり、デカイ。
胸もババババイーンとデカイ。
虎さまの首に腕を回しわざとらしく、そのバイーンとした胸を背中に押し付けていると思われる。
私の位置からは見えないけど、虎さまの微妙な表情がすべてを物語っている。
うん、絶対押し付けられてる。
フワフワと宙に浮かびながらも、完璧な人間の姿をしている彼女も管理者さんなのかな。
「……なんのようです」
虎さまの明らかに低く不機嫌な声。
ボフッ
その美女を見せないようにするためなのか、虎さまは私をそっと胸元に押さえつけた。
胸毛ふっかふっか……猫……。
指の隙間から、こっそりと二人の様子を伺う。
う~ん……これは、喧嘩した友達?
それとも、別れた恋人?
美女が、まるで猫がすり寄るように虎さまの頬に顔を近づける。
おっ、これはキスをするの流れ!
……[元]だか[現]だかわからないけど彼女や奥さんだ!
私は反射的に目をそらし、小さい声で「私は空気です」と呪文を唱える。
気まずいので別の場所でしてくれませんかね?
そう思ったその時、虎さまは抱き着いてきた女性を突き放した。
多分、[元]の方だ……。
「相も変わらず面白くないわ。ふーん……そう。あたくしはあなたの中で女神なのに冷たいわね……」
「いつでも――」
「そうかしら? あなたはできないわ」
一瞬だけ、美女とバチッと目が合ったような気がした。
その美女は、まるで煙のようにふわっと消えた。
何しに来たんだろう、あの女性……?
虎さまの眉間には、うっすらと皺が寄っていた。
他の人みたいに素直に召喚に応じていれば、こんな気まずい場面に遭遇することもなかったのに。
わがまま言ったせいで、虎さまのプライベートを覗いてしまった気分。
でも、……これは私のせいじゃないよね?
「「あの」」
言葉が重なった。
「あっ、虎さま、どうぞお先に」
「えぇ、お見苦しい所を……。彼女も管理者です。彼女も管理者でして、ざっくり言えば同期のようなものです」
「なるほどぉ……」
私は大丈夫ですかと言いたかっただけ。
私と虎さまはしばし、口を閉じた。
気まずさをそっと手放して、心を空っぽにしたまま虎さまのふわふわの胸毛に包まれていると、じんわりと温かさが広がってきて、まぶたが重くなっていった。
「ダメだ……、やわらかくて……、温かくて……、眠りそう……」
虎さまに「フフフッ」と笑われたけれど、猫好きの私にとっては、こんなふうに猫に抱かれるなんて、夢のような至福の時間だった。
……あぁ、虎だった。
虎さまの機嫌が元に戻ったのは良かった。
しばらくして、ふと気づくと、私の身体がぽやっと淡く光り始めた。
わわわ……綺麗すぎる。
自分の身体がこんなふうに輝くなんて、まるで星の欠片になったみたいで、ちょっと感動してしまった。
「……あなたの要望はかなえました。た……だ、少し色々無理があって子を成すことができなくなってしまった」
「え? 子供?」
「なんといえばいいのか――」
虎さまは何言ってるの?
「さぁ、この鍵を。どこでも回せばあなたが望んだ配信ができる部屋が開きます」
虎さまの手のひらに乗っていたのは、まばゆいほどに黄金色に輝く〖鍵〗。
それはスーッと空を滑るように私の手のひらに舞い降り、気づけば10センチほどのサイズに収まっていた。
中央には虎さまの瞳と同じ、澄んだ金色の宝石が埋め込まれていた。
「あんなに大きかったのに……小さくなった。不思議な鍵」
「あなたの記憶の中で、必要そうな物は揃えられてると思います」
「配信機材ですか?」
「えぇ、私にはそれが何に使われるものかはわかりませんが……記憶の中に頻繁に現れるものは、大切なものだと」
それは確かに間違っていない。
「もっと、高級機材を記憶に刻めばよかった! ……っていうのは冗談です。ここまでしてくれて、本当にありがとうございます」
私はしっかりと虎さまにお礼を伝えた。
虎さまは、私の頭を優しく撫でてから、髪をスルスルと撫でるように触れてきた。
なんだか妙に恥ずかしい。
「ん?」
あれ……なんか違和感を感じた。
私って、こんなに髪長かったっけ?
「さぁ、良い旅を。それから、あなたに――――」
最後に虎さまが何かを言っていたけど、その言葉は聞き取れなかった。
私の目が自然に――いや、まるで魔法のように強制的に閉じてしまったから。