118 ギルドの残り物には訳がある
私たちはレンギアで注文していた風呂樽を無事に受け取った。
「風呂樽、思ったより大きかったねー」
「ヴィヴィオラ、んであんなサイズにしたの?」
「うーん、なんでだったかな……。確か、ウィルと神斗が一緒に入るってなったら、二人用だと距離が近すぎるでしょ? 距離が。そんな感じだった気がする」
【収納】のおかげで楽々持ち運び出し大きさは気にならないよね。
「あ……そういうことか。二人で入ること前提なんだ……。それでも五人用って結構な大きさだけどね」
「まぁね、大は小を兼ねるっていうし? それに私、【水】も【火】も使えるから、お湯の準備は楽勝だから」
魔法でお湯沸かし放題って、ちょっとした贅沢だよね。
どこでも温泉気分が味わうことができる。
「ヴィヴィ、ここラトバーンでの用事は終わりましたし、次はどうしましょうか?」
「そうだよね。レンギアから離れたとはいえ、ここは隣の国だし? 次の国に向かう準備でもする?」
「たしかにもっと遠くに行きたいかな」
―・―・―・―・―・―・―
「すいません……お願いできますでしょうか?」
ギルド職員が、キュルキュルの目で神斗をロックオンする。
これまでの会話から、神斗が何かしらの罪悪感を抱いていると見て、依頼を引き受けると踏んでいるのだろう。
「あ……うん……その、この依頼請けようと思うんだけどどうかな?」
「そうだよね。なんか……責任感じちゃうよね」
「最終的には、彼ら自身の判断と責任ですけどね」
次の国へ向かう前に、少しでも資金を稼ごうと、私たちはギルドに立ち寄った。
お金は十分にあるが、あるに越したことはない。
そこで依頼を吟味している時にギルドのカウンターにいた職員から、未消化のBランク依頼を引き受けてほしいと頼まれた。
残り物の依頼――何か事情があって他の冒険者たちが避けた訳ありの依頼だ。
本来、私たちもCランクパーティなので受けることはない依頼だった。
Cランクパーティである私たちは、Cランクの依頼から私の個人ランクEまでの依頼を受けることができる。
けれど、ギルド内では過去の依頼記録が共有されているらしく、ゴブリンキングとクイーンの討伐実績が認知されてのことだった。
その中でスッと出されたエボンリッジ村の依頼。
一度は取り下げられたらしいが、再度依頼がきた不思議な依頼だった。
「よくある話ですよ。ギルドを通すと報酬が減るので、直接依頼を受ける人も多いんです」
「おっしゃる通りです。ギルドとしては、問題さえ解決すればそれでいいのですが……実際には、トラブルに巻き込まれることも少なくないんですよ」
ギルド職員は、事務的ながらもどこか諦めたような口調でそう言った。
「トラブルって……特に金銭のやりとりとかですか?」
「はい、最も多いのはやはり金銭絡みですね。『そんなに簡単だったなら報酬を下げろ』とか『消耗品を大量に使ったから追加で払え』とか、揉める原因は尽きません」
「結局、金のもつれが原因で……最悪、殺し合いかもな……」
「よくご存じですね! そうなんです、報酬を渋る依頼人から無理やり金を巻き上げて、盗賊や山賊まがいになる冒険者もいます。逆に、冒険者のほうが行方不明になるケースもあって……」
ギルド職員は声をひそめるようにして話した
こわ……。
そういえば、ラトバーンに来る前に、ルド村で簡単に依頼を受けたけど危ない場合もやっぱりあるんだ。
私以外圧倒的に強いから、依頼者に襲い掛かられることはないけど……依頼こなす前に村人に扮していた山賊に襲われたんだったわ。
でも、今回の問題はそこではなかった。
「この全滅したパーティって……Cランクダンジョンにずっと潜ってた、あの十人くらいの人たちで間違いないですか?」
「はい、そうです……。最近までずっとダンジョンに潜っていたんですが、どういうわけか個人でBランクの依頼を受けてしまったようで……」
「……剣のせいかな」
神斗が、面倒ごとを避けたくて手放したあの剣のことだ。
ルド村で山賊の斧の一撃を受けたときに、細かいヒビが入ってしまっていた。
村の鍛冶屋で、包丁を研ぐ程度の簡単な整備をしてもらったけれど、ダンジョンボスの酸性の粘液で刃が少し溶けていたのも思い出した。
「やっぱり、あれレプリカだったし……ちゃんと整備しないと危ないって、ひと言でも伝えておくべきだったかもね……」
――でも、今さら何を言っても遅いんだけど。
「結局、同じことですよ。剣を奪おうとする人は、遅かれ早かれこうなる運命なんです」
「……?」
ギルド職員さんは???が浮かんでいる顔をしている。
「いえ、こちらのことです」
「依頼の詳細ですが……大量のゾンビ討伐です。ただ、それだけではなく、どうやらゾンビを率いている何かがいるようで……だからBランク依頼なのです」
「何か?」
「はい、現時点では確認が取れていません」
「こちらです。依頼書の注意事項に、こう記されています」
[注意事項:ゾンビを率いてる、あるいは呼び寄せている存在が疑われます]
「以前、依頼に失敗したパーティから報告がありまして……その内容が四十日前に追記されています」
四十日前――ちょうど私たちがレンギア王国内のキャラバン・ジゼニアに滞在していた頃だ。
「それじゃあ、その全滅したパーティは、過去の依頼書の記憶だけで、Eランクゾンビが大量にいるだけのCランク依頼と勘違いしたわけね」
「おそらく、そうだと思います。わざわざ、神斗さんが気にすることでもなさそうですよ? それにゾンビは人型魔物ですし……」
「大丈夫だよ! ゾンビでしょ? 私ゾンビ倒していたし……ゲームで」
ここは、少し罪悪感に苛まれている神斗を助けてあげようじゃないの。
ついでに ギルドのカウンターのお姉さんも。
――そんな流れで、私たちは依頼を受けることになり、大量のゾンビ討伐へと向かうことになった。




