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110/113

110 駆け抜ける、初ダンジョン②

 神斗が壁際に静かに腰を下ろす。

 剣を膝に立て、周囲に目を配りながらも、少し肩の力を抜いている。

 アストラもその隣にちょこんと丸くなっている。

 階段の踊り場は、魔物の気配が感じられない。

 そして、他のパーティの足音もまだ聞こえない。

 静かだ。


「ねえウィル、なんで急に担いだの?」

「走る速度が違いますから。最初の魔物を抜けるには、タイミングが重要でした」


 いやいや、ずっと担いでいたじゃないっ!


「……それはわかるけど、もうちょっと説明してくれても……」

「ちゃんと『準備はいいですか?』と聞きましたよ」

「それは担がれる準備じゃないってば!」


 神斗が壁にもたれたまま、くすっと笑う。

 肩が少し揺れてるのが悔しい。


「じゃあ次は俺が担ごうか?」

「無理、無理、無理!! さすがに人間で担いで走るのは無理だって」

「背負うから大丈夫だよ」


 もちろん、みんなは休憩しながら走っていた。

 魔物の巡回タイミングを見計らったり、地図に記された安全ポイントで小休止を取ったりと、工夫はしていた。

 それでも、走り続ければ疲労は確実に蓄積されているはず。


「背負うとか言うなら……って、私も走るよ!」

「二階は罠の心配もありませんし、ここは神斗さんに任せて走り抜けましょう」

「任せろって!」


 そういえば、一階の途中からは剣が何かを弾くような金属音も聞こえなくなっていた。

 そんなに無理して攻略しなくてもいいのに……と、ふと胸の奥で思う。

 だって、私たちは急ぐ旅じゃないんだよ?


「そういえば、あの大人数のパーティって見かけた?」

「会わなかったな」

「これは推測ですが、一階には三つの分岐があり、それぞれ最短ルートと遠回りルートに分かれています。彼らは最短ルートを選んだ可能性が高いですね。一階の宝箱は、行き止まりの通路の奥と、最短ルートの途中に設置されているので」


 最短ルート――宝箱が配置されていて、当然ながらそれを守る魔物も待ち構えている

 遠回りルート――距離は最短ルートの約二倍。魔物の密度は低いが、時間と体力を消耗する


「距離が最短なだけで、宝箱が足止めみたいになっているのか……」

「多分、魔物も多いでしょう」

「あの人数ですから、宝箱の取り分も考えないといけません。だから、攻略ルート上にある宝箱は確実に回収しようとするはずです」

「大人数も大変だぁ」


 大人数のデメリットってやつかぁ。


「そう考えると、今ちょうど一つ目のY字通路を通過してるところかな?」

「え、そんなに進んでないの?」

「だってさ、あの人数で一週間かかるんだよ」


 そうか……。

 私だって、二日で攻略しようなんて思ってないけど……。


「ねぇ……二日で攻略しなきゃいけないのかな? 今更だけど」

「そうですね。最深部の宝箱を守るダンジョンボスを倒すときに、他のパーティと鉢合わせすると争いになる可能性があります。だからこそ、スピード攻略をしようとしているだけです。三階から、普通に攻略しても大丈夫でしょう」


 ということは、三階から歩けるってことか……。


「その時、あの大人数のパーティって、どのあたりにいるんだろう?」


 私は地図を覗き込みながら尋ねる。


「そうですね……おそらく、彼らは、今私たちがいるここでしょう」

「じゃあ、ここで一泊するってこと?」

「ここは安全地帯ですから」

「階を下るほど、魔物も強くなりますし、攻略のペースも自然と落ちてくるでしょう。もう追いつかれることはないはずですよ」


 アストラも「ギャウ」と一声。

 私は壁にもたれて、深く息を吐いた。

 ダンジョンの空気は冷たいけど、心は少しだけ温かい。

 こんなに頼れて、心強い仲間がいるなんて、私は本当にラッキーだと思う。

 ラッキー全振り、わがままを受け止めてくれた虎様に感謝をする。


「さあ、行きましょうか」


 ウィルの声が静かに響く。

 神斗が「よしっ」と声を上げて、屈みながら背負う体勢を取る。


「ほ、ほんとに背負うの?」

「休憩を多めにすれば問題ないでしょう。アストラと神斗さんが前。私が後ろで進みましょう」

「はぁーい……。ん? でも、神斗って剣持てないよね? それって危なくない?」


 ついでに背負われてる時点で私も危ない。

 ウィルだって、どうしても避けられない魔物には容赦なく剣を振るっていた。


「アストラがいます。それに今度は前向けるのでヴィヴィが射撃支援しましょう」

「指からビームとか出れば楽なのに……って、まあいいや! よし、任せとけ!」


 神斗がそっと私の背中に腕を回す。

 背負われるのって、やっぱりちょっと恥ずかしい。

 距離が近すぎて、心臓が落ち着かない。


「落ちないように、しっかり掴まってて」

「う、うん……」


 私は小さく返事して、ぎゅっと神斗の背にしがみついた。

 背中に密着する感覚。

 ウィルの時とは違って、今回は自分から神斗の背に抱きつく形になるのが、もうね。


「じゃあ、行くよ!」


 神斗が立ち上がると、視界が一気に高くなる。

 アストラが先頭で、羽音を立てながら軽やかに飛んでいく。



―・―・―・―・―・―・―・―・―



 通路の壁には苔がびっしりと生え、空気はじっとりと湿り気を帯びてきた。

 魔物の気配はまだ遠いけど、油断はできない。


「次の分岐、地図によると右が遠回り、左が宝箱ルート。中央は最短だけど……魔物マークがびっしり」


 私は片手で地図を広げ、揺れる体勢の中で目を凝らす。


「じゃあ、右で!」


 神斗が迷うことなく、分岐の中で遠回りルートを選ぶ。


「ウィル、右に行きます!」


 私は振り返り、後方を走るウィルに向かって声を張る。

 ウィルは、いつでも休憩できるように、後方からついてくる魔物を処理しながら走っている。

 神斗の足音が、石床にリズムよく響く。

 背負われているはずなのに、まるで自分が風を切って走っているような錯覚に陥る。

 

「ねぇ、神斗って、走るの速いね」

「レンギアで砂袋背負って走ってたから! ハッ、ハッ。意外と役に立ったや! ハッ、ハッ」


 神斗が息を切らしながらも、誇らしげに笑う。

 しんどい時に話しかけてすごめん……でも、なんか話したくなっちゃったんだよね。。

 でも、くすっと笑ってしまう。

 真面目で一生懸命なところが、なんだか愛おしい。

 年下なのに頼もしい。

 いや、頼もしくあろうとする神斗。


 異世界に来ても、寂しくない。

 それは、こんなふうに誰かが隣にいてくれるからだ。

 最初は、一人で旅するつもりだった。

 誰にも頼らず、誰にも迷惑をかけずに。

 でも今は違う。

 誰かと一緒にいることが、こんなにも心強いなんて、あの頃の私は知らなかった。

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