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109/110

109 駆け抜ける、初ダンジョン①

「ヴィヴィ、準備はいいですか?」

「ギャウー」


 アストラが短く吠える。


「うん……ちゃんとついていけるように頑張る」


 私たちは、ダンジョンの前室に立っている。

 周囲には十数組のパーティがいて、それぞれが武器を確認したりと最終準備に余念がない。

 誰もが背中に大きなバッグを背負い、今か今かとダンジョンリセット完了の時を待っている。


「罠は、地下二階まではないようですから――」

「安心して走る」

「目的は、地下四階にある最深部の宝箱だから、極力戦わないんでいいんだよね」


 神斗は、腰に下げた剣の位置を指先でなぞり確認する。

 鞘も、細部まで本物そっくりに作られていて、光を受けて鈍く輝いている。

 というか、ちょっと派手なんだよね。

 このレプリカの〖聖封の剣〗

 周囲の視線が、ちらちらと私たちに向けられているのがわかる。

 特にあの大人数のグループは、こちらをライバルにしているのか、あからさまな視線を送ってくる。

 なぜ?


「魔物に出会うたびに倒していると時間がかかります。地の利は彼らにありますので、私たちは少人数の機動力を活かして、スピードで攻略しましょう」


 通常の攻略はこうだと思う。

 まず、先頭のパーティが魔物と遭遇して戦闘になる。

 その戦闘を横目に、二番手のパーティが脇をすり抜けて先へ進む。

 次に、二番手が魔物とエンカウントして、また戦闘が始まる。

 その戦闘を横目に、三番手がさらに前へと進む。

 そして、戦闘を終えた先頭パーティが、後方から追いかけてくる。

 この流れを、階層ごとに繰り返していくんじゃないかな

 

「そこは、行き止まりに宝箱や遠回りルートがあるからそのパーティの回転討伐は崩れるんじゃないかな」

「なるほど……思ったよりも、単純じゃないんだね」

「それに、魔物ある一定時間たてば湧きますから」

「ほんと、ダンジョンって不思議だね……」


 私たちは、今日一日で地下三階の手前まで行く。

 道中にある宝箱も気になるけど、今回は手を出さずにスルーする。

 階層が変われば魔物は追ってこられないから、その仕組みを利用して一気に駆け抜ける作戦だ。

 少しズルい手口かもしれないけど、リセットで何度も潜れる仕様なんだし、他のパーティには、今回の最下層の宝箱はあきらめてもらおう。


 さっきまで賑やかに話していた冒険者たちが、急に口を閉ざし、沈黙が広がっていく。


「時間ですね」


 ウィルの声に、周囲の空気がさらに静まり返る。


 その瞬間、リセット完了を告げる鐘が、前室の天井から低く鳴り響いた。

 音は重く、鈍く、まるで地の底から響いてくるような不気味さがある。

 前室の空気が一気に張り詰める。

 そして、各パーティが一斉に雄叫びを上げ、まるで戦の始まりを告げる咆哮のように響き渡る。

 ダンジョンの扉が、軋むような音を立ててゆっくりと開かれていく。

 先頭のパーティが、待ち構えていたかのように一気に飛び出し、足音が石床に鋭く響いた。

 

「みんな勇ましいね」

「じゃあ、行きましょうか」


 ウィルがふわりと微笑む。

 緊張の空気の中で、その笑顔だけがやけに柔らかく見えた。


「うん!」


 私も心なしか初ダンジョンにワクワクして頷く。

 ウィルの手が私の腰に回り、ぐっと力を込めてきた。


「うん!?」


 気づいたときには、地面が遠ざかっていた。


「え? え? なに!? ええええええええ!?」


 そのまま、私はウィルの肩に担がれてしまった。


「なに!? なに? 何――!? どういうこと――!?」


 ウィルが突然ダッシュを始める。

 私を担いだまま、まるで風のように。

 『準備はいいですか?』って、走る準備じゃなくて、担がれる心構えの準備ってこと!?


「舌をかまないように、しっかり口を閉じててくださいね」


 ムグッ。

 私は慌てて手で口を押さえた。

 通路の手前で戦っていたパーティが、こっちを見て目を丸くしてる。

 いや、ドン引きしてるよねこれ。

 ダンジョンの通路は、思っていたよりもずっと広くて、走るには十分なスペースがある。

 でも、魔物と戦っているパーティの周囲は一気に狭く感じられる。


「前のパーティが魔物と交戦しましたね。右側から抜けます」

「ギャウ」

「わかった」


 視界には後ろの通路と神斗の姿しか映らない。

 担がれてる以上、私はもう大人しくしてるしかない。

 ふと神斗と目が合った。

 ……え、ちょっと待って。

 あの目、絶対笑ってる。

 私が担がれてるの、面白がってるでしょ!

 魔物の咆哮が、通路の奥から響いてくる。

 それでもウィルは一切足を止めず、私を担いだまま、まるで風のように通路を駆け抜けていく。

 アストラが楽しそうに先頭を飛び、神斗が後方を守る。

 一階にいた、たぶん弱めの魔物が「アレ?」とでも言いたげに首をかしげながら、私たちが通り過ぎるのを見送る。


「次の分岐は(ワイ)字通路です! 右は最短ルートで宝箱もありますが魔物が密集。私たちは左に行きます!」

「了解!」

「はーい……」


 後方には何体か魔物がついてきているけれど、ウィルは気にする様子もなく、ただひたすら走り続ける。

 暇だな……。

 ただ、振動で胃が痛いけど。


「アストラ、フロストいけますか!」

「シュゥウウウッ!」


 冷気が通路を這い、足を凍りつかせて動けなくなった魔物と、ふと目が合ってしまう。

 その目がちょっと切ない。

 ……なんか、ごめん。

 次に来る冒険者と、思いっきり戦ってください……。

 通り過ぎる私たちの後ろをついてくる魔物が五匹いる。

 途中で少しずつ距離が開いて、体力が尽きた魔物は脱落していく。

 とはいえ、魔物にずっとついてこられるのも困るし、後続のパーティが階段前で不意打ちを食らうのは、ちょっとかわいそうかもしれない。

 なら、私にできることは一つだけ。

 担がれてても、魔法くらいは撃てる。


「【追尾の矢(ガイディングショット)】!」


 魔力で具現化された矢が、一直線に飛び、魔物の頭部を鋭く貫いた。

 だが、後続の魔物たちは怯むことなく、倒れた仲間を踏み越えて、なおもこちらを追ってくる。


「うーん……怯まないのかな。さすがダンジョン産」

「外の魔物に比べて、少し攻撃性が高いだけでしょう」


 そうか、それならばもう一度!


「【追尾の矢(ガイディングショット)】!」


 矢は一番手前の、ひときわ大きな魔物の眉間に突き刺さり、鈍い音を立てて魔物がよろめいた。

 本当にこの【追尾の矢(ガイディングショット)】は便利だ。

 担がれたままの情けない姿勢でも、矢はちゃんと狙い通りの場所に飛んでいく。

 ありがたすぎて泣ける。


「や! 後ろの魔物が転んだ!」


 転倒した魔物に後続がぶつかり、ドミノみたいに連鎖的に倒れていく。

 その隙に距離が大きく開き、魔物たちの姿は通路の奥に消えていった。

 どうやら、追跡を諦めたらしい。


「階段です!」


 神斗が一瞬だけ剣に手を添えるが、魔物が追ってこないのを確認すると、静かに手を離した。

 ウィルが階段をゆっくりと下りていく。

 階段の途中には広い踊り場があり、壁に囲まれた小部屋のような空間が広がっている。

 ウィルが私をそっと地面に下ろしてくれる。

 着地した瞬間、足がふらついて、思わず壁に手をついた。


「お疲れさまでした」


 ウィルが水筒を差し出してくれる。

 私はそれを受け取って、口をつける。

 冷たい水が喉を滑り落ちる。


「いや、違う! 私は疲れてないから!」

「ふふ、そうですね。二階まで来ましたから、ここで少し休憩しましょう」

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