105 村人はルド村への帰還する①
気絶した山賊の服を一枚ずつ剥ぎ取っていく。
身ぐるみを剥ぐのは、安全確保のための作業……だよね?
下着一枚。
そのあと、後ろ手にロープをしっかり巻きつける。
宿の前には、[く]の字に折れたような姿勢で寝かされた山賊たちが並ぶ。
朝まで見張らなくてはいけないのが、正直めんどうだった。
もう、眠れないじゃん……と心の中でぼやく。
話し合いの結果、アストラと神斗が見張り役を引き受けてくれることになった。
ウィルと私、それに手に穴が開いた門番だった山賊──【治癒】で応急処置は済ませた──の三人で、山の中腹へ向かうことになった。
目的は、村人たちの救出。
《テーミガン公国5日目ーケルンジリア53日目ー》
う……本当に疲れた……。
こんな徹夜をするとは思わなかった。
東の空が淡く染まり、朝日が静かに昇ってきた。
「やっぱり、馬があれば便利ですね。連れてくればよかったのですが」
ウィルが言っているのは、きっとあの黒毛の馬のことだ。
レンギア王国で何度か乗せてもらった大きな体躯をもった馬。
「うん、ついでに馬車も欲しい」
私は普段なら冗談だが、今なら本気で欲しいと思っている。
「そうですね。馬車の購入を検討しましょう」
「お前ら……」
山賊がぼそりと口を開いたが、その声はすぐに遮られた。
口を挟もうとした瞬間、ウィルが山賊の身体に巻いたロープをぐいっと引いた。
容赦がない。
「もう、歩くの遅いので引きずっていきましょう」
ウィルは冷静に言いながら、すでに引きずる体勢に入っていた。
「歩く! 歩くからやめてくれ!」
山賊は慌てて足を動かし始めた。
森の地面には、踏みならされた痕が幾筋も走っている。
人が何度も通った形跡が、道の正しさを物語っていた。
「この道で間違いないでしょう」
確信を胸に進んでいくと、茂みの向こうから子供たちがぱっと飛び出してきた。
「山賊か!」
「私たちは違うよ~。でも、このおじさんは山賊」
私は笑顔で答えながら、隣の男を親指で指した。
下着一枚の男をさす。
「裸だ!」「うわぁ」「キモイ」
「君たちはルド村の子であってる?」
私はしゃがんで目線を合わせながら、優しく問いかけた。
子供たちは「うん」と元気よく頷いた。
少しだけ緊張がほどけたようだった。
「じゃあ、大人の人を呼んできてほしいんだ。できるかな?」
言葉を選びながら頼んだ。
子供たちは「わかった!」と元気に返事をして、森の奥へと駆けていく。
「座って待ちましょうか」
ウィルは【収納】から敷布を取り出し、地面に広げた。
山賊は土の上にジャパニーズ正座だ。
「水でも飲む? 流石に火起こしはいけないよね?」
「時間ありそうですし、朝食でも食べながら待つのもいいかもですね」
のんびりと焚火をするのはなんとなく気が引けたが、結局、火を起こすことにした。
もう、手慣れたものである。
パンを炙って香ばしく焼き、ベーコンをのせて脂を染み込ませ、最後にとろけるチーズをたっぷりかける。
見た目も香りも完璧だった。
「神斗とアストラのご飯……早く帰らなきゃ。アストラ、お腹すきすぎて食べないよね? 人を」
「たぶん、大丈夫だと思いますよ」
そんな話をしていたら、森の奥から木槍を手にした村人たちが数人、警戒した様子で現れた。
「子供たちから聞いたが、お前たちは山賊の仲間じゃないのか?」
村人の一人が鋭い目つきで問いかけてきた。
私たちは、そんな緊張感とは無縁のように、優雅に朝食を楽しみながら紅茶を飲んでいた。
その隣には、下着一枚の男が土の上で正座。
中々の対比である。
その時、ぐぅ――と、場の緊張を破るように大きな腹の音が響いた。
「とうちゃん……お腹空いたよ……」
「お前たち、あっちに行ってるんだ」
村人は子供たちを手で制しながら、こちらへの警戒を崩さなかった。
「ウィル、優雅にお茶を飲んでいる場合じゃないです」
「そうですね……」
ウィルは紅茶をそっと置き、少しだけ肩をすくめた。
「まず、その正座……膝を折って座っている人が山賊です」
私はルド村に着いてからの経緯を丁寧に説明した。
「ひとまず、村に戻りましょう。私たちとこの山賊が先頭を歩きますので、皆さんは後ろからついてきてください」
これなら、村人たちも警戒を保ちつつ、無理なく同行できるはずだ。
「その前に、クッキーでも食べませんか? サンドイッチでもいいよ?」
私は笑顔で言いながら、包みを開いた。
子供たちは大人の背後から勢いよく飛び出し、クッキーに一直線で手を伸ばした。
「お茶も水もありますよ」
「俺も水……くれ……」
山賊がぼそりと呟いた。
「私が水をあげるね。【水】」
ビシャッと水が現れ、勢いよく地面に突っ伏している山賊の背中に降りかかった。
なかなか、私も酷いかもしれない――でも、少しだけスッキリしたのも事実だった。
ちなみに、山賊が地面に倒れ込んでいるのは、村人たちが木槍で数回殴ったからだ。
子供たちは結局、サンドイッチにも手を伸ばし始めた。
空腹には勝てなかったようだ。
大人の村人たちは止めようとしたが、涙を流しながら食べる子供たちを前に、言葉が喉で詰まった。
飢えは、理屈を超えていた。
「半日歩きますよ? みなさん大丈夫ですか? 信用はできないかと思いますが、倒れると困るので……」
私は声を張って言った。
「冒険者様、儂はあなたがたを信用するのじゃ」
年配の男性は、まるで皆の代弁者のように一歩前に出て、静かに、しかし確かな声で言った。
村人たちはその言葉に反応するように、スッと道を開けた。
この人が村の代表、村長なのかもしれない。
「ですが……」
「食料がなくなって、2日。このままでは餓死してしまう。食事におよばれさせてくだされ」
年配の男性は、ゆっくりと頭を下げた。
「あなたは?」
ウィルは、紅茶のカップをそっと置きながら静かに尋ねた。
「儂はルド村、村長のラドルフともうしますじゃ」
「……村長にもし何かあったら」
村人は、まるで自分の父親を案じるような声で、そっと言葉を漏らした。
それだけ、慕われているのだろう。
「お前たちに比べて、儂は長くない……」
村人たちは、村長が身を張って毒見役を買って出たことに、感情が溢れたのか、互いに抱き合って泣いていた。
いや、そこまでして、無理に食べなくても……。
「そうだなぁ……ウィル。ジゼニアで購入していたキュアポーションをあげてもいいかな? そうすれば安心すると思うんだ」
「いいですよ。LV1で。LVが高いと見たことがないでしょうから」
キュアポーションは、キュア草を主成分とした回復薬で、毒や麻痺を中和する効果がある。
少しは安心してもらえるだろう。
敵と思われる人から渡されるポーションで安心できるかは謎であるが……ないよりはましだよね。
「はい。これ、あげます」
村人は、受け取るべきか迷うような微妙な顔をしている……。
私は【収納】から、湯気の立つ茹でた肉団子を皿に盛り、パンと飲み物を渡した。
村人は【収納】を見たことがなく、空中から突然現れた肉団子入りの鍋を見て、目を丸くしていた。
最後まで目を通していただきありがとうございます。
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