104 戻ってきたら、戦いの真っ只中
「ただいま」
扉をそっと閉める音が、静まり返った部屋にやけに響いた。
配信部屋から宿の部屋に戻ってきたのだが、いない。
みんながいない。
人の気配が、まるでない。
もちろん、この部屋は私が泊まる部屋だから誰もいないのは当然なのだけれど。
「暗いっ……みんな、自分の部屋に戻って寝たのかな? うんん……あれっ?」
神斗のアイテムバッグがベッドに転がっている。
このバッグは、アイテムボックス代わりのバッグでとても高価で大切なものだ。
だからこそ、宿で寝るときしか外さないものだ。
「忘れて部屋に行ったのかな……」
それになんか、外が騒がしい。
ん?
誰かの怒鳴り声?
息を呑みながら窓を開けると、夜の闇に浮かぶ火と人影が視界に飛び込んできた。
「神斗とウィルが……戦ってる? あれは、まさか……山賊?」
山賊は、1週間に一度、この村を襲いに来ると言っていた。
昨日、村を襲ったと村長が言っていたのに!
「ここにいたのか!」
「わぁっ!」
屋根を伝ってきたのだろうか――窓の外、突然目の前に男が現れた。
「あ……門番さん? ……今、何が起きてるんですか?」
「ああ、ちょっと待ってな」
そう言いながら、門番は慣れた足取りで部屋に入り、周囲をざっと見渡した。
「下に連れてきてくれって、頼まれてさ」
「下に? 山賊がいるのに?」
ウィルが? 神斗が?
二人が頼んだのだろうか?
いや、彼らはそんなことは言わない。
どちらかと言えば、私を巻き込まないように、戦場から遠ざけるような判断をする人たちだ。
それとも、アストラの面倒を見て欲しいとか?
人間をガジガジ食べ始めたらいけないし、そういうことなのかな?
「ここにいたら、火でも放たれたら危ないだろ? 火矢でも飛んできたら、ひとたまりもない」
「そっちか……確かに」
火を放たれるなんて、まったくの想定外だった。
神斗のアイテムバッグを腰に巻きつけ、【収納】からダガーをそっと取り出す。
「荷物はそれだけか?」
「まぁ……これだけ」
私は頷いたが、門番の視線が妙に鋭く感じられて、胸の奥がざわついた。
「じゃあ、ゆっくり降りてくれ」
山賊の襲撃が迫っているせいか、門番の言葉に温度はなかった。
私は一歩ずつ慎重に部屋を出る。背後の気配を意識しながら、足音を殺した。
ふと振り返ると、門番が布団をめくって何かを探していた。
「……?」
やはり、何かがおかしい。
窓から侵入してきたことも含めて、彼の行動は門番としてはあまりに異常だった。
「うん……覚悟を決めよう……」
「なんか言ったか?」
宿の扉に手をかけ、そっと開けようとした瞬間――背後から門番の腕が伸び、勢いよく扉を押し開けた。
空気が一気に変わる。
剣と剣がぶつかる金属音。
一歩踏み出しただけで、ここが戦場だと肌が理解した。
神斗もウィルも、相手を殺さずに制圧しようとしているのだろう。
だからこそ、動きには迷いと配慮が混じり、戦闘は思った以上に長引いていた。
神斗とウィルが「ヴィヴィオラ!」「ヴィヴィ!」と叫ぶ声が真っ直ぐに貫いてきた。
その瞬間、首に冷たいものが当たった。
振り返るまでもなく、それが短剣だとわかった。
錆びついた刃の先が、皮膚をかすめるほど近くに――。
「おっ、おっ、お――。本当だ……リスナーの言う通りだった……」
うん──予感はしていた。だから、動ける。
心構えって、本当に大事だね。
「お前ら、剣を降ろせっ! そのリザードもなんとかしろっ!」
門番の怒声が、場の空気を一気に支配しようとした。
「門番さんって……本当に山賊? 山賊であってる? 違ったら困るから」
「はぁ? 山賊だよ。けどな、この村はもう俺たちのもんだ。だから俺たちはもう、村人だな!」
「山の中腹にいる山賊っていうのは?」
「あれは……村人、元村人になるだろうよ。ハハハ」
「ありがとう。それだけで十分」
私は静かに言い、次の行動に移る準備を整えた。
「ウィル! 神斗! 目を閉じて!」
私は叫びながら、手で自分の目を覆った。
「【光源】!!」
消費する魔力を一瞬に破裂させるように。
「キャウン!」
アストラの悲鳴が、光の衝撃に驚いたように響く。
アストラ! ごめんよ!
魔法って、限度はあるけど強弱を調整できることは、水魔法【水】を使ったときに学んだ。
そう、あのときの配信でお披露目したときにね。
だから、光源魔法もフラッシュのように使えるはず──そう信じて、一か八かで放った。
その勘は見事に的中し、頭上から放たれた強烈なフラッシュが、夜の闇を一瞬で白く染め上げた。
山賊たちは私と門番を騙った男に意識を集中していたため、フラッシュの直撃を避けることができず、もろに光を直視した。
私は短剣を持つ手を肘で弾き、私は素早く門番と距離を取る。
そして、すかさず短剣を持つ門番の手をロックオンする。
「【追尾の矢】!」
魔力の矢は空気を裂き、瞬く間に男の手を貫通した。
「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
門番の男は悲鳴を上げ、膝を折りながら手を押さえた。
神斗は、光に驚いて動けなくなったアストラのもとへ駆け寄り、その体を抱きかかえるようにして安全な場所へ動いている。
ウィルは目を細めながら素早く動き、敵の懐に飛び込むと、剣の柄で容赦なく相手のこめかみを打ち据えた。
「痛そう……」
「痛い、俺も痛い!う……うぅ……」
門番の男は、手を押さえながら地面に膝をつき、顔をしかめていた。
「みんなのおかげだよ。話を聞いて納得はしたけど、まさか本当に山賊だったとは……」
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