レフィトの婚約者として、前に進みたい③
「どうやって取り入ったって……」
そんなことはしていない。
やってないことの説明なんかできないし、こういう誤解って解くのが難しい。
どうしたら……と言葉を探している間に、モネラちゃんが先に口を開いた。
「やっと、マリアン様マリアン様って、言わなくなったと思いましたのに。今度はカミレちゃん、カミレちゃん、カミレちゃん……。カミレお姉さまばかり、ズルいですわ!!」
ギッと目に涙を溜めて睨まれるが、その姿におや? と首を傾げてしまう。
「やきもち?」
「違いますわ!!」
思わず口からこぼれた言葉に、モネラちゃんは噛みつくように言った。
だけど、どう見てもやきもちだ。
アザレアがモネラちゃんのことが大好きなように、モネラちゃんもアザレアが大好きってわけだ。
うわー、いいなぁ。仲良し姉妹かぁ。
前世でも、今世でも一人っ子だし、うらやましい……。
「さっき、アザレアちゃんがモネラちゃんのことを話してたよ」
「な、なんて言ってましたの?」
「聞きたい?」
「──て、敵からの施しは受けませんわ!!」
かなり迷った様子を見せたものの、モネラちゃんはツーンとそっぽを向いた。
けれど、視線をこちらにチラチラと向けているあたり、聞きたいのだろう。
「そう? すっごく褒めてたけどなぁ……」
「カミレお姉さまがどうしてもって言うなら、聞いてあげてもよろしいですわよ!!」
わー、ツンデレだ! そういえば、アザレアも最初はこんな感じだったよね。
姉妹だからかな? アザレアとモネラちゃん、似てるなぁ。
「長くなるよ?」
「どんと来いですわ!!」
嬉々とした笑みを浮かべ、モネラちゃんはご機嫌だ。
取り入ったとか、そういうことも今は忘れてるんだろうな。
「アザレアちゃんは、モネラちゃんのことを最高って言っててね、誰よりも可愛くて、可憐で、気品もあって──」
ご飯の間中どころか、食べ終わっても聞いていた。だから、アザレアから聞いたモネラちゃんの話はたくさんある。
アザレアが戻って来るまで、私は話し続けた。
「お待たせいたしましたわ」
アザレアが戻ってきたことで、ハッとした表情をしたモネラちゃんが私を見る。
「カミレお姉さま、策士ですわね」
「えっ!? 何で?」
「追い詰められないように、時間稼ぎをしましたのね」
「いや、尊い姉妹愛を堪能してただけだよ?」
そう言った瞬間、モネラちゃんが変なものを見るような目で私を見た。
「カミレお姉さまは……常識に収まらない方ですのね」
「えっ!? 私、ものすごい常識人なんだけ──」
「そうですわよ。カミレちゃんは、私の当たり前を壊してくださいましたの!! すごい方なのですわ!!」
「お姉さま、常識は大切ですわよ。時には、そこを飛び出さなくてはならないことがあったとしても、世間一般の感覚は重要ですわ。それは、お姉さまやお姉さまの大切な方を守ることに繋がりますのよ」
「まぁ! モネラはなんて聡明なのかしら! うちの妹が、今日も最高ですわ!!」
「お姉さまったら……」
姉妹でキャッキャウフフとしている姿は尊い。
だけど、だけどね!! 私、常識人だから!! 常識人じゃない扱いで話を進めるのやめて!!
この雰囲気になっちゃったから、言えないけどね。
常識的な人間だから、空気を読んでるんだよ? モネラちゃん、そこんとこ分かってね!! お願いだからね!!
「お姉さま。せっかくだから、ここで少しその本をカミレお姉さまに見ていただいてはどうかしら?」
「そうね。それがいいわね。カミレちゃん、この本は私の生命線ですわ!」
「…………え? 生命線?」
「両親やモネラ、家の者たちが、あらゆる手段を用いて調べてくれた地雷リストですの」
地雷リスト? 何だか、すごーく物騒なものが出てきた。
えっと、そのリスト者には近づかないようにする……ってことかな?
「理由を知ったら、うっかりお姉さまが言ってしまうといけないので、詳しくは書かれてないものもありますわ。でも、カミレお姉さまにとっても役に立つはずですわ。女の敵の項目にいる人物については、話しかけられたら失礼だとか気にせずに逃げてくださいまし」
真剣な表情をしているモネラちゃんに、しっかりと頷く。
どういう意味での女の敵なのかは分からないけれど、危険だと分かっていて近づいたりしない。
「ありがとうございます。気をつけますね」
私の言葉に、安心したように笑ったモネラちゃんは優しい。アザレアに取り入ったと言ってきたのに、心配をしてくれている。
そんなところもアザレアとよく似ている。
「ネイエ様とレフィト様からもお話はあると思いますけれど、これも役に立つと思いますの。門外不出ですので、外には出さないでくださいましね」
「分かりました」
アザレアから受け取った本はズシリと重たい。
カッツェ家で作られた本。モネラちゃんも協力したらしいけど、きっとふたりを守るためにカッツェ夫妻が知恵を絞ったのだろう。
挨拶に行った時、とても優しい目でアザレアのことを見ていたし、貧乏子爵家の私を娘の友人として迎え入れてくれた。
すごく、すごく素敵なご両親。
この本を私が読むことも許可してくれたのだろう。
「本当にありがとうございます。大切に読ませていただきますね」
そう言って、部屋に持ち帰った本。
ぺらぺらとめくっていくと、知った名前が書かれていて、思わずてを止めた。
その人物は、フィラフ・ルドネス。
まだ会ったことのない、レフィトの弟さんの名前だった。




