悪役令嬢にざまぁされないように、負けている場合ではありません②
「カミレー、勝ったよぉ」
何事もなかったかのようにレフィトは言い直すと、マリアンの横をすり抜けた。
そして、ギュッと私に抱きつく。
「カミレの声、聞こえたよぉ」
私の顔をのぞき込み、目を細めて笑う姿は可愛い。
褒めてぇ? と言わんばかりに、私の手を自身の頭の上に乗せ、撫でられのを待っているのは、もっと可愛い。
もうね、今すぐ頭を撫でくり回したい。だって、可愛いが溢れてるんだよ?
だけど、それをすることはできない。
レフィトの後ろにいるマリアンの視線がすごいのだ。視線で人を殺せるなら、今頃、私は十回は死んでいるだろう。
「褒めてくれないのぉ?」
じっと私を見詰める琥珀色の瞳。すっかりお馴染みとなった犬耳としっぽの幻覚。
可愛い……。可愛いが過ぎる。
心臓がぎゅーんっ!! となって走り出す。ときめきが止まらない。
可愛いが大渋滞を起こしている。可愛いのすし詰め状態だ。
よしよし、と少しクセのある黒髪を撫でれば、琥珀色の瞳は嬉しそうに細まっていく。
「へへへ……。カミレが勝ってって言ってくれたでしょう? だから、すぐに勝ったんだぁ」
「私の声、聞こえたの?」
「カミレの声は特別だから、聞こえるよぉ。オレの返事、分かったぁ?」
「うん。任せてって、言って──」
「レフィトっ!! 勝利、おめでとう。私の声援が届いたようで、良かったわ」
今度は、私の声がマリアンに遮られた。
マリアンは、にっこりと笑みを浮かべているが、その笑みにも苛立ちが浮かんでいて、私に向ける視線は鋭い。
うん、すっかり忘れてた。そうだよ、いたんだったよ……。
レフィトが可愛い過ぎて、全神経をレフィトに集中させてしまった。
レフィトが可愛過ぎて、周りが見えなくなるんだよなぁ……。気を付けないと。
「本当はね、まだまだ遊ぼうかと思ってたけど、カミレの声が聞こえてきたんだぁ」
「ますます強くなったんじゃないかしら。レフィト、頑張ってたのね。エライわ」
レフィトはマリアンを無視し、マリアンはそれでもレフィトに話しかけている。
これは、どうすればいいの? レフィトと会話を続けるわけには、いかないよね。
「レフィトは、私の自慢よ」
マリアンは、まだ話しているが、レフィトは視線すら向けない。
レフィトとマリアンって、メンタル強すぎない?
マリアンのぐいぐい具合、ちょっと怖いんだけど。
「オレ、かっこよかったかなぁ?」
「もちろんよ。かっこよかったわ!!」
私の方に向かって言ったレフィトの言葉にも、マリアンは笑みを浮かべて答えた。
その瞬間、ブワッと鳥肌が立つ。
「ねぇ、レフィト? 意地を張ってないで、戻ってきて?」
甘えた声をマリアンは出すが、それどころじゃない。
レフィトに話しかけるのをやめて欲しい。
マリアンは背中を向けられているから気が付いてないの? それとも、気付いていてやってる?
レフィトの目から、光がなくなっちゃったんだけど。
「レレレレレレフィトぉぉ、かっこよかったよ!! すんごいかっこよかった!!!!」
「ほんとぉ!!??」
慌てて、レフィトの言葉に答えれば、レフィトの瞳に光が戻り、再び表情もパァッと明るくなった。
そのことに心の中で安堵しつつ、レフィトの両手をギュッと握る。
「どうやったら、木刀が割れるの? 強すぎて、びっくりしちゃったよ」
「あー、あれはねぇ、コツがあるんだぁ」
「そうなの?」
本当に? コツで木刀は割れるものなの?
「……カミレさんって、本当に純粋なのねぇ」
「えっ?」
その純粋の言い方、絶対に馬鹿にしてるよね?
まぁ、馬鹿にしてくるのは別にいいんだけど。
それより、今は話に入ってくるのをやめて欲しい。
さっきも、レフィトのこと魔王サイドに落としかけたしさぁ。
マリアンって、空気を読めないじゃなくて、読む気すらないよね?
「レフィトだから、できるに決まってるわ。そうよね、レフィト。レフィトは特別ですもの」
勝ち誇ったように言ったマリアンに、ついにレフィトは視線を向けた。
そうすることで、私からレフィトの顔は見えなくなった。
だけど、何だろう。冷や汗が止まらない。
レフィトから、冷気が発せられている気がするんだけど……。
「オレは、特別なんかじゃないよぉ?」
「そんなことないわ。レフィトは、特別よ。自信を持って?」
慈愛に満ちた表情でマリアンは言う。
だけど、私はマリアンの言う特別が気に入らなかった。
レフィトのこれまでの努力も、苦労も、特別という言葉で片付けられた気がしてしまうから。
私だって、レフィトがどれほど大変だったか、知らない。
だけど、他人が勝手に特別だと言っていいことにはならないと思う。
「レフィトは! 確かに、強いです!! でも、特別だから強いんじゃなくて、ずっと頑張ってきたから、剣に真摯に向き合って来たから、強いんじゃないでしょうか? それを、他人が勝手に特別って言葉にしちゃうのって──」
「カミレさんは、何を勘違いしているの?」
「……へ?」
「レフィトが努力していないなんて言ってないわ。私はね、カミレさんよりもずっと前からレフィトを見てきたわ。そのうえで特別だと言っているのよ。レフィトのこと、よく知りもしないで語るのはやめてちょうだいね?」
くすりと笑って言われた言葉。言い返すこともできず、ぐっと言葉に詰まってしまった。
どうあがいたって、付き合いの長さでは一生勝てない。
「マリアン嬢こそ、オレのことをよく知りもしないで語るのは、やめてくれないかなぁ? 付き合いは短くても、オレのことを理解しているのはカミレだからさぁ。そのうるさいお口は、いい加減チャックしようかぁ」
話し方はいつも通りなのに、ワントーン低いレフィトの声に、ぶるりと小さく体が震えた。




