悪役令嬢にざまぁされないために、仲間は必要ですか?②
「キスしたいな」
「…………え」
キス? キスって、あの唇と唇がくっつく、あれのことだよね?
手を繋ぐのとハグだけというピュアッピュアなお付き合いは、これで終了?
いやいやいや、その前に今はキスできないよね?
「カミレの気持ちが、もっとオレに追いつくまで待とうと思ってたんだよ? でも、カミレが可愛すぎるのが悪い」
「ま、待って! アザレア様が見てるから!!」
「うん。見せてやればよくない?」
そう言って近づこうとした顔を、慌てて空いている方の手で抑えた。
他人に見せても平気とか、ピュアはどこに行ったの?
ピュア、カムバーック!!
って、そんなふざけたことを考えている場合じゃないって。
どうにか、どうにかしないと、人前での初チューになっちゃうよ……。
「はじめてがそんなの嫌……」
「え?」
「はじめてのキスは、もっとロマンチックなのがいい!!」
止めるためとはいえ、何を言ってるんだよ、私!! と、頭の中で私がツッコんでいる。
それに対して、心はカミレになってからの初チューだよ? きれいな景色とか、星空の下とか、誰もいない放課後の教室とか、せっかくならスチルになりそうなロマンチックなのがいいもん!! と何とも乙女チック全開だ。
放課後の教室はロマンチックじゃないでしょ!! という冷静な頭と、夕焼けが差し込む教室はロマンチックだよ!! という恋する心の攻防戦。
今世では初チューでも、前世で済ませただろ!! 乙女ぶるのはやめるんだ、恥ずかしい!! と頭の中で私が叫び、心は嫌だと主張する。
頭と心はチグハグだけど、アザレアに見られているのにキスするなんて嫌だ!! という気持ちは一緒だけども。
「はじめてなの?」
キョトンとしたレフィトの顔を見た瞬間、この手は有効なのだと頭の方が乙女ぶるのを許容した。
恥ずかしいなんて言っている場合じゃない。人前でキスされるくらいなら、いくらでも乙女チック全開でいってやる。
はじめてのキスはロマンチックでお願いします作戦の継続が私の中で決定した。
「うん、はじめてだよ。だから、誰かに見られながらは嫌。ふたりきりじゃないと……」
「そっか……。うん、そうだよねぇ。ごめんね」
ふわりと笑いながら頬を撫でられる。
「はじめては、思い出に残るようなロマンチックなものにしようねぇ」
「うん」
思い出に残るようなロマンチックなキスって、何だろう?
ロマンチックなのが良いと言ったのは私だけど、実際に言われてみると抽象的すぎて難しい。
私の思うロマンチックと、この世界のロマンチックは同じなのだろうか……。
「カミレ」
「うん」
「好きだよ」
琥珀色の瞳が甘く笑んでいる。
「うん。私も好き……」
瞳にとらわれ、自然と気持ちが言葉になった。
すると、レフィトは真っ赤な顔でギシリと固まってしまった。
「どうしたの?」
「カミレが、オレのことを好きって……」
え、何を今更……。
私がレフィトのことを好きなのは知ってるはず。
好きだって言うのも、初めてじゃない……よね?
……あれ? 好きかって聞かれて頷いたことも、好きになったきっかけを話したこともあったけど、直接言葉で伝えたことはなかったかも。
「好きだよ」
琥珀色の瞳を見つめて、もう一度言う。
普段の間延びした話し方も、真剣な時の話し方も、笑みで自身の感情を隠してしまうところも、私にだけ犬の耳と尻尾の幻覚が見えるほどに感情を見せてくれるところも、執着も、甘さも、時々見せる獰猛なところも……、良いところも悪いところも全部ひっくるめてレフィトが好き。
「好きになってくれて、ありがとう。私もレフィトのことが好き。いつも言葉にできなくて、ごめ──」
言いかけた謝罪の言葉は、レフィトの胸元に吸い込まれていった。
ドクドクと聞こえるレフィトの心臓の音が速い。
「すごく、ドキドキしてるね」
「うん。カミレといると、いつもドキドキしてるよ。好きって言ってくれて、ありがとぉ」
見上げれば、琥珀色の瞳が細まる。
私の体を包む体温が、いつもより高い気がする。
「レフィ──」
「素晴らしいですわ!! 私、感動しましたの。残念ながら、あまりお声を聞き取ることは叶いませんでしたが、おふたりの絆がより深まって、見つめ合うところはまるで舞台のワンシーンのようでしたわ」
ドアの影から全力で拍手をしながらアザレアが出てきた。
驚きすぎて、ビクッとなる。
しまった……。途中から、アザレアの存在をすっかり忘れていた。
あまり聞こえなかったって言ってたけど、抱き合ってるのは見られたわけで……。
「今、いいところだったんだけどぉ? 邪魔しないでくれないかなぁ?」
「あら、そうでしたの? 私のことはお気になさらず続けてくださいまし」
そう言うと、アザレアは元いたドアの影に戻っていった。
「じゃ、遠慮なく続きを──」
「いやいやいやいや! もうどこからツッコめばいいのか、分かんないんだけど!!」
抱きしめられたままだと恥ずかしいので、ぐいっとレフィトの胸板を押して腕から抜け出そうとするが、逃げられない。
「レフィト……」
「分かったよぉ」
ちょっと不満そうに、レフィトは私の前から後に移動した。
けれど、腕はしっかりと私をホールドしたままだ。
「これが限界。カミレとふたりの時間を邪魔されるの我慢してるんだから、いいでしょぉ?」
「うっ……」
良くないよ。まったく良くない。
そんなに甘えるような目で、私を見ないで……。
犬耳としっぽの幻覚が……。
「駄目?」
「……いいよ」
私の心が白旗を上げた。
無理だ。わんこ化したレフィトには勝てない。
可愛すぎる……。




