悪役令嬢にざまぁされたくないので、無計画に首をつっこんではいけません①
レフィトが再び仮面をつけてくれたことで、少し視野が狭くなる。
今の情けない自分が少し隠れてホッとした。
切り替えないと……。
私が薄情で、自分に自分でがっかりしたところで、何も好転はしない。
悩み続けても、自分の気持ちの問題なだけで、ただひたすらに自己嫌悪におちいるだけだ。
気持ちを落ち着けるために、瞳を閉じて大きく息を吸い、吸った長さの倍の時間をかけてゆっくりと吐き出していく。
「大丈夫そう?」
琥珀色の瞳が私を心配そうに見ている。
レフィトにはいつも心配をかけてばっかりだ。
大丈夫だという意思を込めて、視線を合わせて、しっかりと頷く。
「会わないように、ゆっくりと会場を出るか、裏口から出ることもできるけど、どうしたい?」
そう聞いてくれる声が優しい。
「普通に出るよ。会っても、会わなくても、どっちでも大丈夫」
うん、それでいいと思う。
身構えず、自分たちのペースを崩さないで、普通に行動する。その中で、もし会ったとしたら、その時に考えればいい。
先にあれこれ考えて行動するのは大切だけど、今はあっちから気付かれていないのだから、変に身構える必要もない……はず。
「分かったぁ。じゃあ、出ようかぁ」
そう言って、差し出してくれた手を握る。
兄妹の変装で手を繋いでいるなんて、おかしいかもしれない。でも、そういう設定ってことでいいと思う。
仲良し兄妹で、お互いのことが大好き。そんな兄妹がいたっていいじゃない。
サーカス会場から出ると、そこにはマリアン御一行がいた。
あれ? 何か、もめている?
「レフィ──」
「お兄様……でしょ?」
そうでした。お兄様でしたね。仲良し兄妹設定と分かっていても、ちょっと……かなり照れる。
「お兄様……」
「何?」
「何があったんだと思う?」
どうやら、ジャスミンちゃんが取り巻き一同に責められていて、それを、彼等の婚約者たちが守ろうとしているみたいだ。
マリアンはというと、悲しそうな顔をして何か言っているけど、この距離じゃ聞き取れない。
「少し、近づこう」
手を引かれ、もめている彼等を遠巻きに眺めている野次馬の中へと入っていく。
「あの子がマリアン様を押して転ばせたんでしょう? お怪我はないみたいだけど、ドレスは駄目そうね」
「嫌だわ。わざとかしら……」
「そうなんじゃないか? ほら、ロワン家のパンセ子息がマリアン様に夢中だから、嫉妬したんだろ」
「そんなだから、婚約者に愛想をつかされるんでしょうね」
「もう、可哀想じゃない。でも、惨めね……」
クスリ、クスリと意地の悪い笑い声がする。
なるほど、ジャスミンちゃんはマリアンを転ばせて、ドレスを汚しちゃったってことになってるわけね。確かに、ドレスの前の方が擦れたり、汚れたりしている。
転ばせたのが故意なのか、偶然なのか、それともハメられたのかは分からないけど。
うわぁ……。あのドレス、すんごい高そう。もしかして、賠償させられるのかな。
ん? それって、めちゃくちゃ大変じゃん! あのドレス、高そうじゃなくて、絶対に高いやつだよ。だって、公爵令嬢で王子の婚約者だもん。
きっと、何年待ちとかのデザイナーによる一点ものの最新作で、流行の最先端なんだよ。
繊細で美しい刺繍とか、レースとか、細部までこだわっている匠による逸品で、あのドレスを一枚作る費用で、我が家なら生涯お金に困ることなく生活できるに違いない。
全部、私の妄想だけど。
「ねぇ、あのドレス一枚で我が家の何年分の生活費かな? もしかして、一生分とかだったりする?」
こそこそとレフィトに聞けば、口元がふよふよと動いている。
何度も咳払いをして誤魔化そうとしているけど、肩が小さく揺れていて隠せてない。
もしかしなくても、笑われてる……よね?
「そんなに笑うこと?」
じろりと睨めば、声も出さずにレフィトは爆笑した。
そんなレフィトを器用だな……と思いつつ、そこまでして笑うんだな……と、じとりと見てしまう。
「ごめん、ごめん。あのドレスだよね? 王都の屋敷を一つ買っても余裕でおつりが来ると思うよ」
それは、やっぱり我が家が生涯、食いっぱぐれないだけのお金がかけられているってことだよね?
「もったいない……」
ドレスなんかで、一生分の生活費か……。
私には想像できないほどの贅沢品だわ。
「まさか、このドレスもそんなにするの?」
「……そこまでじゃないよ」
ねぇ。何で視線をそらしたの? そんなに高いの?
今は問い詰められないけど、あとでやっぱりはっきりさせよう。野暮だろうが、レフィトが喜ぶのであろうが、デートに必要だろうが、それはそれ、これはこれだ。
そこまで高い必要はないはずだ。ドレスと言っても、ピンキリなはず。
でも、騎士団長の子息の婚約者ともなると、ここまでの品が必要なのかな?
あー、常識が分からない! 誰か、貴族の常識を教えてくれる女友達が欲しい!!
なんて思っていれば、ジャスミンちゃんの悲痛の訴えが聞こえてきた。
「私、押してないわ! パンセ、信じてよ!!」
「じゃあ、マリアン様が勝手に転んだって言うのか?」
「そんなこと言ってないわ!!」
目に涙をいっぱいに溜めて、ジャスミンちゃんは叫んだ。
きっと誰もその時のことを見ていなかったんだろう。
っていうか、取り巻きたちは傍にいるんだから、ちゃんと支えなさいよ。あんた達が愛しのマリアンを守れば、こんな大事にはなってないんだからさ。
「大丈夫よ、ジャスミンさん。怪我はしていないもの。殿下に頂いたドレスは汚れてしまったけれど、気にしないで? あなたがわざとやったんじゃないって、分かってるもの」
「私、押してなんか……」
「そうよね。押されてないわ。私が勝手に転んだのよ……」
そう言いながら、マリアンは優しげに微笑んだ。
その笑みに、背筋がゾワッとした。
これ、マズイやつだ。
ジャスミンちゃんがやったことにされるだけじゃなくて、謝罪もできない、自身の婚約者を奪われたと嫉妬に狂って手を出した人物に仕立て上げられちゃう。
「あの! そのご令嬢が押した姿を、誰か見たんですか?」
気がつけば、手を挙げて前に出ていた。
どう見ても、ジャスミンちゃんがマリアンにはめられているようにしか見えなかったから。




