貸しのつもりが、何故こんなことになったのでしょうか?⑥
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あのあと、ゼンダ様に呼ばれて教室まで来た医務室の先生が大急ぎで馬車を手配してくれ、私は何故か騎士団へと運ばれた。
「カミレ、カミレぇ……」
ぼたぼたと涙を零しながら、レフィトは泣き続けている。
「大丈夫だよ。もう処置してもらったし」
よしよしと、レフィトの頭を撫でる。すると、もっと泣いてしまった。
「心配かけてごめんね」
レフィトは目も鼻も真っ赤にして、鼻をぐずぐずとすする。
「まったく。本人より泣いてどうするだか。ほら、痛み止め」
呆れたような声で、騎士団所属の医師であるハイレン先生が言う。
「あ、ありがとうございます」
痛み止めと水を受け取り、飲む。すると、薬草独特の苦味が口のなかに広がった。
「あー、苦いよな。嫌がらずに飲めてエライぞ」
そう言いながら、もう一度手を差し出される。
受け取ったものは、可愛らしい赤の包みに入ったコロンとしたもの。
「えっと……」
「口直しだ」
ふっと微笑まれ、何というか大人の余裕を感じる。
そして、眼鏡がとてもよく似合う。
かっこいい……。
思わずそう思ったのだけれど、ギュッと抱きつかれ、そっちを見ればじとりとした上目遣いが私を襲う。
「…………よそ見?」
「いやいやいやいや!! 眼鏡が似合うなぁって思っただけだから!!」
「ふーん?」
今のは不可抗力だって!
眼鏡が似合う人をかっこいいと思っただけで、好きなわけじゃない。
いや、口直しをくれたり、ちょっと子ども扱いされたり、嬉しくなかったかと聞かれると悩ましいところだけど。
「レフィト、怪我人を困らせるな。泣くほど心配なんだろ?」
「そうだけど……。でも、ハイレンが悪い」
唇を尖らせて言う姿に、おや? と思う。
いつものレフィトなら、もっと闇落ちするよね? それにハイレン先生、誰かに似ている気がする。
この気さくな感じとか、レフィトとの話し方とか……。
「しっかし、本当にレフィトがゾッコンなんだな」
「ゾッコンって言い方がおじさんなんだよ」
「そうかぁ?」
誰に似てるんだっけ?
じっとハイレン先生を見る。
「どうした? 痛むか?」
こっちの様子を観察するように、顔をのぞき込まれる。
「…………カガチさん?」
「え?」
「あ、すみません。知り合いに似ているな……と思いまして」
そう言うと、ハイレン先生は少し困ったように笑う。
「ま、とにかくゆっくり休め。明日には帰っていいから」
「明日ですか!?」
「頭打ってるんだ。念のためな。家には連絡してあるが、ここは関係者以外立ち入り禁止だから会えるのは明日になる」
「ちょ、ちょっと待ってください! 私だって関係者ってわけじゃ……」
冷静になって考えると、騎士団で治療してもらえるなんて、おかしい。
訓練中の怪我でもなければ、騎士でもないのに。
「騎士団一の実力者である団長の子息が血相を変えて連れてきたんだ。無関係なわけない。それに、レフィトの婚約者だから、次期騎士団長の奥方になるんだ。恩を売っといた方が得策だろ」
「な、なるほど?」
「というわけで、お嬢さんはそのまま一日入院。レフィトは付き添うなり、帰るなり、好きにしろ。僕は仮眠を取るから、何かあったら呼ぶように」
ひらひらと手を振り、ハイレン先生は部屋のドアに手をかける。
だけど、大事な話が終わってない。
「あ、待ってください。治療、本当にありがとうございました。それで……大変申し訳ないのですが……」
「うん?」
「治療費、分割払いにさせてもらえませんか!?」
そう言った瞬間、レフィトとハイレン先生が動きを止めた。
「カミレ、治療費の心配はいらないよ。オレが出してもいいし」
「いや、そこは怪我させた奴に請求しろよ」
「はぁ? 金ごときでどうにかなったと思わせるだろ?」
ハイレン先生に、レフィトは鋭い視線を向ける。けれど、ハイレン先生は表情一つ変えない。
「折り合いは必要だ。頑なに拒否するだけじゃ守れないぞ」
「……でも、あいつ等は金を払えばそれで終わりにする」
「なら、そうさせない方法を考えろ。お嬢さんは、レフィトが支払ったら気にするぞ?」
「そう……だけど……」
チラリとレフィトが私に視線を向ける。
琥珀色の瞳には、後悔、怒り、迷い、様々な感情が入り混じっているように見える。
「私は、賠償を要求したい」
教室を出る時に見たログロスは明らかに動揺していた。
わざとじゃなかったのだとは、思う。
それでも感情的に私を押した結果、頭に傷を負い、三針縫うことになった。
悪意はなかったで済まされる問題じゃない。
「それに、これはログロス様だけの責任じゃないと思う。こうなることを許されていること自体が問題だよ」
頭に巻かれた包帯にそっと触れる。
目上の者に逆らえず、目に見える怪我じゃなくても、同じように痛みを抱えた人はいたはずだ。
「……わかった。オレに任せて」
「え?」
「今度こそ、カミレを守る。もう二度と怪我なんてさせないから……」
眉間にシワを寄せ、苦しそうにレフィトは言葉を吐く。
けれど、そうじゃない。そうじゃないの……。
レフィトは守ってくれていたのに。
「んじゃ、僕はもう行くから。あまり無理しないように」
ハイレン先生は、軽い口調で言うと部屋から出ていった。




