貸しのつもりが、何故こんなことになったのでしょうか?①
第4章開始です。
建国祭が終わり、およそ三ヶ月が経った。
冬の寒さは和らぎ始め、もうすぐ一年生が終わろうとしている。
乙女ゲームのヒロインだとウキウキ入学してみれば、既に悪役令嬢のマリアンが攻略対象たちとの仲を深めていて、ざまぁされるヒロインだと……悪役令嬢が主人公の世界なのだと気付いた日が遠い昔のようだ。
盗みの冤罪から始まり、本当にいろいろとあったなぁ……。
「あー、くっそ分かんねー! おい、カミレ。説明しろ!!」
教科書を握りしめ、ログロスが吠える。
その姿に、レフィトの膝上に抱えられたまま現実逃避をしていた私は、ちらりとその問題を見た。
あ、それ、昨日も説明したやつ……。
わかったと言ってたけど、やっぱり理解してなかったんだ……。
というか、何でログロスは敵視している私に連日勉強を聞いてきているわけ?
「……ログロスは、誰にそんな口の利き方してるのかなぁ? それと、ハオトレ嬢って呼びなよぉ」
「うるせー。レフィトには関係ないだろ!」
「あるに決まってるよねぇ? お前のせいでカミレと二人きりになれないんだからさぁ」
目の前で繰り広げられているレフィトとログロスの言い合いも、もう三日目。
最初は止めに入っていたけれど、止めるのは無理だと二日目の時点で諦めた。
「ログロス様、何度も言っていますが、私ではなく他の方に勉強を見てもらってください」
「他がいないから、お前に頼んでるんだ!!」
「だから、マリアン様かデフューム様に頼めば──」
「好きな女にそんなかっこ悪いところ見せられるはずないだろっ! デフュームは何を言ってるのか何も分かんねーし」
「それにしたって、私に頼むのはおかしいですよ」
そう言う私に、ログロスは意味がわからないというように眉をしかめる。
「カミレはいつもテストで学年一位だから頭がいいんだ。頼むのは何もおかしくないだろ。馬鹿なのか?」
えっと……、どうやって説明したらわかってくれるの? と、言葉を探していれば、私よりも先にレフィトが口を開く。
「馬鹿はログロスだから。敵対している相手に聞きに来るなよ」
「カミレは何をしたってマリアンに勝てないから、お前らが突っかかって来なければいいだけだろ。いい加減、マリアンに張り合うなよ」
ログロスに呆れた視線を向けられ、ため息までつかれる。
けれど、私からマリアンに接触したのはレフィトとサーカスに行った時くらいだ。
それだって変装していたし、私とレフィトだったとバレていない。
「いつもそっちから突っかかってくるんじゃん。何言ってるのかなぁ?」
レフィトの言葉に頷く。
すると、ログロスの目つきは鋭くなった。
「女神のようなマリアンがそんなことするわけがない!」
「……馬鹿は死んでも直らないって言うけど、ログロスの場合は死んでも直らないだろうね。とにかく、カミレに近づくなよ」
声のトーンが下がり、後ろから不穏な空気を感じる。
私のお腹に回されているレフィトの手を撫でれば、少しだけその空気が和らいだ。
その隙に口を挟む。
「私としても、ログロス様が関わってくるのは困ります。追試対策としてノートを一冊作ってお渡しするので、もうこういうのはやめてもらえませんか?」
「カミレがそこまでする必要ないよぉ。ログロスが勝手に留年すればいいんだって。マリアンと同級生になりたくて留年したのに、下級生になっちゃうねぇ」
レフィトの言葉に珍しくログロスは噛みつかなかった。
悔しげに顔をしかめ、睨みつけるように私を見る。
「そのノートを使えば、追試に合格できるんだな?」
「それはログロス様の努力次第です。でも、ただであげるわけではありませんよ。これは貸しです」
この貸しがどこまで使えるか分からない。
けれど、ないよりはあった方がいい。
「貸し?」
「はい。いつか返してもらいます」
「分かった。試験が終わったらノートは返す。合格すればもういらないしな」
「……そういう意味の貸しじゃないですよ。私が困った時に助けてほしいんです」
レフィトの腕の力がギュッと強まる。
「カミレを助けるのはオレでしょぉ?」
耳元で拗ねたように囁やかれ、ログロスの返事も待たずして体を後へと捻り、レフィトを抱きしめる。
「ログロス様は余計なことばかりするから、その時に使いたいの。そのための貸しだよ」
「そんなのオレが物理的に止める」
「うん。でも、レフィトが誰かを傷付けないで済むなら、その方がいいから」
琥珀色の瞳が揺れた。
そして、甘えるように私を抱きしめ返す。
「……オレのため?」
「ううん。ふたりのためだよ」
「…………分かった。嫌だけど、我慢するよぉ」
しょんぼりとした垂れ下がったしっぽの幻覚が見える。
少し体を離せば、いつもはピンとしている犬耳の幻覚もぺったりとしていた。
「おい、何話してるんだよ」
苛立った声で言われ、レフィトから体を離し、もう一度ログロスの方を向く。
「貸しとしてなら、ログロス様が追試を合格できるよう専用のノートをお作りします」
「分かった。それ、いつできるんだ?」
「三日……いえ、二日は欲しいです。できたものからお渡しするので、とにかく理由を考えずに丸暗記することに集中してくださいね」
ログロスが頷くのを確認し、レフィトの様子を見る。
不満げに唇を尖らしながらも、この状況を見守ることにしてくれたらしい。
「レフィト、ありがとう」
「……うん」
柔らかな黒髪をよしよしと頭を撫でれば、すり寄ってくる。可愛い……。
「わかっていると思いますが、緊急事態だから丸暗記なんです。このままだと次こそは留年しますからね」
私の言葉に珍しくログロスは顔を引きつらせた。
お久しぶりです。
週一更新予定で4章も進みます。
よろしくお願いいたします。




