33アグリオとラムファ⑥〜other side〜
ラムファsideです。
アグリオ様とレフィト様の話している声がする。
アグリオ様は、私が寝ていると思っているのだろう。私の前では絶対に口にすることはない本音をこぼした。
「ラムファは、俺のことが好きなんだから、俺といられた方が幸せだろ。これからは、守るし、病気だってどうにかする。何も問題はないさ」
この言葉は、あまりにもアグリオ様と私の関係を現していた。
与える者と与えられる者。
当然、アグリオ様が与える側だ。
だけど、言葉になって聞いてみれば、あまりにも傲慢で自分勝手で、アグリオ様にとって私は所有物のようだな……と思う。
こんな話、もう聞きたくない。
起きていると言いたいのに、体は重く、声も出せなければ、指先さえも動かせない。
まるで体だけが眠ってしまっているかのようだ。
嫌だとどんなに心が拒否しても、レフィト様はどんどんアグリオ様の心を暴いていってしまう。
やっと体が動くようになったのは、レフィト様がアグリオ様を完全に見放したあとだった。
目を開ければ、何も変わらないはずなのに、不思議なくらい心が動かない。
好きなはずなのに、この気持ちは変わらないはずなのに、まるで夢から覚めるかのように、急激に私の中にあった激情が鎮まっている。
「アグリオ様……」
それが嫌で、アグリオ様へと手を伸ばせば、握ってくれる。
「大丈夫。そばにいるから」
「……ありがとうございます」
今、私は嬉しいはずで、嬉しくなければいけない。
けれど、どうしてこんなにも心は平坦で、何の感情も動かないの?
優しくかけられた声も、視線も、大事なものに思えないの?
嫌だ、気づきたくない。
お願いだから、気づかせないで。
アグリオ様への想いは、過去ばかりが眩しくて、新しい光なんかどこにもなくて、昔に灯った明かりを必死に消さないように守ってきた。
だって、私にはこれしかなかったんだもの。
これ以外の大きな感情がどこにもないの。
アグリオ様への想いがなくなってしまったら、私は空っぽで、息をしている意味さえなくなってしまう。
「今日はもう帰ろう。送っていくよ」
「大丈夫ですよ。ひとりで帰れますから」
ひとりになりたい。心の整理をする時間がほしい。
気づいてしまったことすべてに蓋をして、アグリオ様だけを見て、アグリオ様に私を刻み付けて、満たされたまますべてを終わりにしたい。
その願いさえ、叶わないのだろうか……。そんな不安が私の中で広がっていく。
私は、望む終わりさえも手に入れられないの?
「ラムファが心配なんだ」
あぁ、今はその言葉を聞きたくなかった。
私の中で何かが嫌な音を立てて崩れていく。
信じていたいのに、私の心がアグリオ様の言葉を嘘だと言っている。
ねぇ、その心配は本当に私へのもの?
私を心配していると、アグリオ様自身が思いたいだけじゃないの?
……違うわ。そうじゃないの。
こんな風に考えたくなんかないの。
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……。
変わりたくなんかない。
気づかないふりをしたまま、優しかった思い出をフィルターにアグリオ様を見て、満たされたいの。
アグリオ様の言葉に込められた気持ちが本物かなんて関係なかったのに、どうして気づかせたの?
レフィト様は、私に現実をつきつけてくるの?
「今まで、ごめんな。これからは、ずっと一緒にいよう。ラムファが一番大切なんだ」
「……嘘つき」
しまった……。
そう思って、慌てて口を押えたけれど、もう遅い。
アグリオ様が驚いた顔で私を見ている。
「あの、今のは違うんです……」
「違うって、何がだい?」
アグリオ様の周りの空気の温度が下がったのを感じ、血の気が引いていく。
こうなった時、私はアグリオ様に従わないといけない。そうしなければ、アグリオ様はしばらく私と視線すら合わせてくれなくなる。
早く、謝らないと……。許してもらわないと……。
「お待たせぇ。あと十分くらいで馬車の用意ができるってさぁ」
「あぁ、悪いな。呼んでくれて、感謝するよ」
レフィト様が戻ってきたことでいつものアグリオ様になり、ホッとする。
けれど、さっきまで私に向けてくれていた視線はもうマリアン様へと向かっている。
あんなに離れていても、マリアン様のことはすぐに見つけられるのね……。
「アグリオ様、マリアン様のところに戻ってください」
「いや、送っていくよ。俺は嘘つきじゃないからね」
あぁ、根に持ってるのね。
でも、嘘つきだわ。
さっきまで私が一番大切だと言っていたのに、私が思い通りにならなくなった瞬間、もうマリアン様を目で追っているもの。
私はいつだってアグリオ様の中で二番目だった。
一番のマリアン様はどう足掻いてもレオンハルト殿下の婚約者で手が届かない方。だから、私で良しとしていただけ……。
そんなアグリオ様に胸が痛まなくて、そのことが痛い。
こんなにもあっさりと、大事にしていた気持ちを失ってしまった。
手放したくなかった。
気づきたくなかった。
気づかないふりをしたかった。
いくらそう願ったところで、時は戻らないように、私の気持ちを戻すことはできない。
「アグリオ様、もうあなたを見ることはできません。……ごめんなさい」
アグリオ様は目を見開いて、私を見下ろした。
私の言葉を信じることができないのだろう。
だけど、もうおしまいなのだ。
私は、アグリオ様の膝から頭を起こすと、ゆっくりと立ち上がる。
「レフィト様、リカルド殿下の居場所はご存知でしょうか? 帰る前にご挨拶をしたいのですが……」
「だいたいの場所なら分かるよぉ。案内するねぇ」
「ありがとうございます」
レフィト様と立ち去る前に、アグリオ様へと頭を下げる。
「今まで、ありがとうございました。ずっとお慕いしておりました」
ふらつくけれど、それでもゆっくりレフィト様について歩き出す。
レフィト様からのエスコートはない。
「オレ、カミレ以外のエスコートはしないんだぁ。誰か呼んで来たほうがいいかなぁ?」
「いえ、大丈夫です。誰かに支えてもらうのではなく、自分の足でリカルド殿下のもとへと参ります」
さようなら、アグリオ様。
愛しているなんて言葉じゃ言い表せないくらい、あなただけを見つめていました。
「ラムファ、待ってくれ。俺は……」
追いかけてこようとするアグリオ様を振り返り、微笑む。
「もう、夢は覚めてしまったのです。これからは、互いの道を進みましょう」
婚約破棄を両親は、カラコエ公爵家は許さないだろう。
それでも、心はもう戻らない。
もう、あなたを見ることはないの。
未来は分からないけれど、きっともう私自身を飲み込みそうな激情が燃え上がることはない。
小さな痛みとなって、私の胸に残るだけ。
それでも、どうかアグリオ様は覚えていて。
私がアグリオ様に向けた熱を。
その熱を互いに利用した日々を。
私が去ることを後悔してほしいと願うのは、まだ心にアグリオ様への想いが燻っているからなのか、はたまた私を見てくれなかったことへの復讐か。
……どちらでもいいか。
近付いてくるアグリオ様から伸ばされた腕をレフィト様が掴む。
守ってくれることを意外に思っていれば、苦笑された。
「ここでもしラムファ嬢に何かあったら、カミレが悲しむからねぇ」
そう言って優しく笑うレフィト様はもう、私の知っているレフィト様ではない。
カミレ様が変えたのだろう。
互いに想い合っているレフィト様とカミレ様が、何だかとても羨ましかった。
次回、カミレsideに戻ります。




