33アグリオとラムファ⑤〜other side〜
アグリオsideです。
「ラムファ?」
さっきまで微笑んでいた小さな身体がふらふらと揺れている。
慌てて支えれば、前よりも更に細くなった肩に、胸がきしんだように痛い。
「つらいか?」
「……ぃぇ、そんなことは」
顔を覗き込めば、目はとろんとして今にも閉じてしまいそうだ。
「眠い?」
小さく頷いたラムファに、子どもの頃を思い出す。
たしか、夜は咳がひどくなるからあまり眠れないと言っていた。
もしかしたら、薬にも眠気の副作用があるのかもしれない。
「少し寝るといい」
隣に座り、ラムファの頭を膝に乗せる。
ラムファは、困惑と喜びの混ざったような瞳で俺を見上た。
その視線に気付かないふりをして、さらりと細い髪をなでれば、気持ちよさそうに目を閉じる。
あぁ、昔みたいだ。よくラムファの体調が悪くなると、こうやって休んでもらっていた。
いつからだろう。それをしなくなったのは……。
薬を飲むようになって、ラムファは健康とは言えなくても倒れることはなくなった。
そうなった時、俺は、俺の役目がなくなったと思ったんだっけ。
それで、俺のことを本当に見ていてくれるのか疑いを持った。
……そうだ、マリアンのそばにいるようになったのは、最初はラムファを試すためだった。
まだ必要としてくれるのか。見ていてくれるのか。それを確かめたくて、マリアンに近付いた。
さびしそうに俺を見続けているラムファに、たまに話しかけると嬉しそうにする姿に満たされたんだ。
何も言われないことに不満を持ったこともあったけれど、都合が良かったのも事実。
言わないのなら問題ないだろうと、ラムファとならずっと一緒にいられるのだからと、婚姻するまでは好きに過ごそうと決めた。
実際、マリアンのそばは楽しかった。
ほしい言葉をほしいタイミングで与えられて、兄への劣等感も、将来のことも、何も考えずにいられる場所は俺にとって楽だった。
「ごめんな……」
また髪をなでる。
スースーと寝息を立て始めたラムファの顔は不健康に痩せていて、いくらか良くなったと言っても青白い。
弱くてごめん。
ずっと約束通り見ていてくれることを当たり前だと思っていて、ごめん。
だけど、俺はラムファがいないと駄目なんだ。
ラムファが見ていてくれないと、俺が俺を保てない。
優しいと言ってくれた俺でいられない。
「…………アグリオさぁ。もう、ラムファ嬢を解放してあげなよぉ」
間延びした声で、へらりと笑いながらレフィトに言われる。
その言葉が痛いのは、俺が自分勝手だったからだろうか。
「解放……か」
たしかに、俺はずっとラムファを縛り付けていた。
でも、それは俺だけか? ラムファだって、視線で俺を縛っていたじゃないか。
それに、ラムファには俺が必要なんだ。
誰がこんなに弱い令嬢と婚姻を結ぼうとする? 守ろうとする?
ラムファは弱いから、守ってくれる人が必要だろ?
「それをして、どうなるんだい? ラムファは、俺のことが好きなんだから、俺といられた方が幸せだろ。これからは、守るし、病気だってどうにかする。何も問題はないさ」
「どうにかって、どうやって?」
「それは……、これから考える」
大丈夫。いくらだって手段はあるはずだ。
どうしても駄目なら、マリアンたちに相談すればいい。
マリアンは優しいし、レオンハルトだって手を貸してくれるだろう。
そうだ。俺はきっとこの日のために、マリアンたちといたんだ。すべて、ラムファを守るためだったんだよ。
「あは、あはははははははは」
「な、何がおかしい」
「だって、まさかのノープランなんだもん。笑う以外、どうしろって言うのさぁ。……本当、世の中をなめすぎだよねぇ」
笑みはスッと消え、琥珀色の瞳は光を失い、侮蔑を含んだ視線を向けられる。
「アグリオには無理だよ」
「そんなことはないさ。……俺にはレオンハルトもマリアンもいる。力になってくれるはずだ」
「本当にぃ?」
じっと見られ、大丈夫なはずなのに、何故か頷くことができない。
「もし、それが駄目ならどうするのぉ?」
「それは……」
「ほら、無理だよぉ。アグリオは、自分が一番可愛くて、大切だもんねぇ」
「何を言って……」
たしかに少し前の俺はそうだったかもしれない。でも、今は違う。
マリアンのそばにいたいという気持ちを捨てて、ラムファのために行動している。努力している。
どう考えたって、ラムファを一番大切にしているだろ。
「ねぇ、何でアグリオは両親に、次期当主の兄に頭を下げてないの? 他人を当てにする前に、アグリオにできるのってそれだよねぇ。ラムファ嬢を救いたいって、口だけで、優しくする自分に酔ってるだけでしょぉ?」
「そんなことは……」
「え? 自覚なかったの? アグリオって、最低なクズなんだよぉ」
レフィトの言葉に、腹が立つ。
俺がクズ? そんなわけないだろ。
「俺はちゃんとラムファの体調を気にかけてたし、今だって心配してる。大切にしてるじゃないか」
「だーかーらー、そんな自分が好きなだけでしょ。もういいや、話になんないよぉ。ラムファ嬢もこんなクズのどこがいいんだか。帰れるように馬車を手配してくるから待ってて」
レフィトは、興味を失ったように俺から視線を外す。
今の俺は何も間違っていないはずなのに、何であんな風に言われないといけないなんだよ……。
ラムファを見下ろせば、ふっとその瞼が上がる。
「起きたか……。今、レフィトが帰りの馬車を──」
「聞こえていたので、大丈夫ですよ」
え? 聞こえていた?
「いつから起きてたんだい?」
「……最初からです」
いつもの落ち着いた声なのに、何故かその声に温度を感じなかった。
思考がグラグラ揺れてますね、アグリオさん。
さて、次回はアグリオとラムファのラストです(たぶん)




