求める関係②
「……カミレちゃんは、私にマリアン様のところに戻ってほしいんですの?」
「そんなわけ──」
「ごめんなさい。分かってますわ。分かってるんですの。カミレちゃんが私のためを思ってくれているって……。それでも私は、カミレちゃんに……そばにいてほしいと選ばれたかったんですの。でも、これは私のわがままですわね……」
そう言って、アザレアは不格好な笑みを浮かべた。
「アザレアちゃ──」
「あら、ダンスが始まりますわね。私、ゼンダ様と踊ってまいりますわ」
「待っ──」
「ごめんなさい、カミレちゃん……」
ゼンダ様の腕に手を乗せて、アザレアは私に背中を向けた。
私たちの方を見て、ゼンダ様が申し訳なさそうに小さく頭を下げている。
「またあとでな」
遠くなっていくアザレアとゼンダ様の背中に、グッとこぶしを握り締めた。
「大丈夫だよ。分かってくれるよぉ……」
レフィトは、私の握りこぶしをそっと開いていく。
「どうして、うまくいかないんだろうね……」
アザレアは、私がどう思って「最後の機会だ」と話したのかを分かっていた。それでも、自分の想いを言葉にした。
私もまた、アザレアが私に「そばにいてほしい」と言われることを望んでいると、気付いていた。それでも、私の言葉で縛ってはいけないと、望む言葉を言わなかった。
「私、分かっててアザレアちゃんに選んでもらおうとしたんだぁ……」
だから、アザレアを傷つけた。
きっと私は、自分が傷つかないために、アザレアを試したのだ。
「私って、最悪だ」
小さくこぼれ落ちた言葉は、後悔の欠片。
「謝らなくちゃ……」
だけど、これからのことを思うと、そばにいてほしいと望むことは、すごく自分勝手なように思える。
あぁ……、これじゃ前世と同じだ。
私は、本当にどこにでもいるOLで、どこにでもいる自己保身の高いタイプの人間だった。
相手の深いところには踏み込まず、浅い人間関係。
何かを決める時は、相手の気持ちをまずは聞く。
優しいと言ってくれる人もいたけれど、ただ臆病だっただけ。
千田さんには「自分の意見を他人に委ねるな」って言われたっけ。
苦手なんだよね。自分の気持ちを言葉にするの……。
それでも、アザレアは真っすぐに自分の気持ちを伝えてくれた。
「ねぇ、レフィト……」
「うん」
「私と一緒にいればいるほど、これからもっとアザレアちゃんの立場が悪くなるとしても、言ってもいいのかな。望んでも、いいのかな……」
「いーんじゃない? カミレはさ、我慢のし過ぎだからさぁ……」
「我慢なんてしてないよ。自己保身ばっかりだもん」
そう答えれば、レフィトは無言になった。
何かまずいことを言ったかな? と、視線を上げればまん丸になった琥珀色が私を見ている。
「……カミレが自己保身? え? カミレの中の自己評価、どうなってるのぉ?」
「どうって……、自分の意見を他人に委ねてるなぁって──」
「それ、誰のこと? オレの知ってるカミレは、たしかに臆病なところはあるけど、けっこう頑固だよ? それに、正義感があって、困ったことに誰にでも優しい。他人に委ねてるんじゃなくて、相手の言葉にいつでも耳を傾けてるんだよ。それで、相手のことを想って、自分の気持ちをのみ込んじゃう。強くて優しい、そんな女の子だよぉ」
へにゃりと笑って、レフィトは私の両手を握る。
「アザレア嬢はさ、自分に自信がないんだぁ。それで、選ばれたかったと言ったんだと思う。でも、それはカミレが気にすることじゃない。アザレア嬢だって、それが分かってるから、頭を冷やしに行ったんだよ」
「でも……」
「うん。カミレは気にするよね。だから、思ってることを全部口にしたらいいんじゃないかな? そしたらきっと、アザレア嬢は喜ぶと思うよぉ。ま、そうなったらアザレア嬢はもっとカミレにべったりになるだろうから、オレは面白くないけどねぇ」
「アザレアちゃん、許してくれるかな……」
「許すも何も、今頃、自己反省会の真っ最中なんじゃない? ほら……」
レフィトは、ダンスしているアザレアへと視線を向けた。
その視線につられるように、私も見れば、アザレアと視線が交わった。
「アザレア嬢、百面相してるねぇ」
「うん……」
小さく、アザレアに向かって手を振る。
すると、アザレアは一瞬だけ視線をさ迷わせたあと、ぎこちなさの残る笑みを浮かべた。
そんなアザレアに私も笑ってみせれば、猫のような眼は輝き、きらきらとした笑顔へと変わっていく。
「アザレアちゃんに、自分の気持ちを伝えてみるね……」
「うん。でも、そのまえに──」
そう言ってレフィトは私の手を離すと、左手を胸に手を当てて、右手を私の方へと差し出した。
「オレと踊ってもらえませんか?」
ハチミツのように甘い色をした琥珀色の瞳が、私を見つめている。
その瞳の中に、ほんの少しの嫉妬と執着心が見え隠れしていて、ドキリとした。
「カミレ、アザレア嬢のことばっかりなんだもんなぁ。もっとオレのこともみて?」
琥珀色の瞳から目を離せないまま、私はレフィトの手にそっと自身の手を重ねた。




