傍迷惑な香水女
野木さんは元は洒落っ気のまったくない女の子だった。大学で彼女と知り合った私達は、そんな洒落っ気のない彼女に流行のファッションを教え込んだ。可愛いアクセサリーに、センスの良い服、そして、香水も……
が、それが問題だった。
「臭いのよね、あの子の香水……」
野木さんは自分でもそれなりにセンスを磨き、今では独自のお洒落を楽しむようになっていた。アクセサリーや服なんかは様になっている。悪くないと思う。けれど、化粧がちょっと濃い目で、そして最悪だったのが香水だった。香りがそこまでダメだという訳ではない。ただ、強いのだ。周りが辟易するくらいのレベルで。
大学の講義が時間通りに始まらなかったものだから、私達はお喋りをしていて、自然と野木さんの悪口を言っていた。
「匂いのセンスがないってあるもんなのね……」
私が言うと誰かが言った。
「センス云々以前の問題でしょうよ。あの子、自分勝手なのよ。周りに迷惑をかけても平気で自分の好きな香水を使いまくっているんだから」
私はちょっとその意見には同意しかねた。性格は良い子なのだ。ちょっと強引なところはあるけれど。だから、
「香水以外では、そんな自己中ってワケでもないみたいだけど」
と、フォローを入れてみたのだ。が、不評だった。
「自己中じゃなかったら、あんなに香水をつけないでしょうよ」
「そうそう」
却って火に油を注いでしまったようだ。
私はそれに困っていた。本当に性格は良い子なのだ。
すると、不意に声をかけられた。
「――それは違うかもしれないわよ?」
見ると、そこには鈴谷さんという女生徒がいた。偶に話しをする知り合いの一人だ。彼女には勘が鋭くて、ちょっとした謎を簡単に解いてしまうという噂がある。まるで探偵小説の探偵のように。
「ごめんなさいね。話が聞こえて来てしまって。差し出がましいとも思ったのだけど」
一人が言った。
「別に良いわ。何?」
「その野木さんという子は、強い香水をつけているのよね?」
「そうよ。傍迷惑な香水女」
「……でも、性格は良い?」
「って、言っている人もいるわね」
そう言った彼女は私を見た。私が野木さんを庇ったからだろう。
「そう。なら、ちょっと実験をしてみない?」
「実験?」
「香水を誰か持っている人いない?」
皆は顔を見合わせた。無言の了解で、誰かが香水の瓶を取り出す。それを受け取ると、鈴谷さんはそれをティッシュに垂らした。
「これを鼻の辺りにやってもらえないかしら? 3分くらいで良いわ」
それを不思議に思いつつも、一人が鼻に付けた。香水を直に付けたのだから、きつい臭いがするのだろう。顔をしかめる。そのまま3分が過ぎた。
「これが?」
と、鼻に香水をつけた一人が訊く。すると鈴谷さんは、それから香水をミネラルウォーターで薄めて彼女に嗅がせた。そして、「感じる?」と、尋ねた。彼女は首を横に振る。
それから今度はその薄めた香水を私に差し出して来た。“嗅いで”という意味だろう。鼻を近づけると、充分に強い臭いを感じた。
「これ、きついわよ」
実験に協力した彼女は納得いかないという表情で言った。
「いや、そんなでもないでしょう?」
「きついわよ」
別の一人が薄めた香水を嗅いでみると、やはり私と同じ様に、「うん。きついわ」とそれを認めた。実験に協力した彼女は納得いかない様子だ。
そこで鈴谷さんは言った。
「“嗅覚疲労”と言ってね。嗅覚は疲労し易いようになっているのよ。ほんの数分でももう感じなくなる。特徴的なのは、異なった臭いはちゃんと感じるという点。だから自分の嗅覚に異常があると気付けない事も多いのね」
それを聞いて、鈴谷さんが何を言いたいのかを皆は察したようだった。
「つまり、野木さんは、嗅覚疲労で香水の匂いに鈍感になっていたって事?」
「そうだと思うわよ。で、匂いを感じられないものだから、香水を強くしてしまう。すると更に嗅覚疲労が起こって更に強く……。その繰り返しで、周りが辟易するほどの香水を使うようになってしまった…… 多分、そんなところじゃない?」
その説明に皆はどうやら納得しているようだった。
……もしかしたら、傍迷惑なほど強い香水の臭いや、或いは風呂に入っていないのか、きつい体臭を出してしまっている人達は、嗅覚疲労でそれに気付いていないのかもしれない。
私も気を付けようと、ちょっと思った。