表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

スキル 《《 Life》》

《⭐︎》さようなら、たったふたつの


⭐︎さらっと読めるショートショートです。



 王宮の一室で、私はアリア・バーロッド伯爵令嬢とお茶会をしていた。

 私はこの国の第一王子・レザック。アリアは私の婚約者候補、いや、私の婚約者にと熱烈希望している女性だ。残念ながら、父王からもバーロッド伯爵からもなかなかOKが出ないが。


 明るい金髪と明るい青い目が愛くるしいアリアは、その表情もくるくると変わって愛らしい。神が彼女に与えたスキルは植物を花開かせる『開花』。しかし、彼女の笑顔の方が花のようだ。

 彼女が私の話にコロコロと笑っていると

「アリア、はしたないわ」

と、部屋のすみの椅子で本を読んでいた女性に注意される。

「はあい、お姉さま」

 彼女はアリアの三歳上の姉、私より一歳上のミレイユ。髪も瞳もアリアと同じ色なのに、二人の印象はまるで違う。

「落ち着きを持ってね」

 そういうミレイユは、まさに冷静沈着という雰囲気を漂わせている。


「ミレイユ嬢こそ、なぜアリアの付き添いなどと侍女のような事をされてるのです?」

「侍女では、レザック殿下が不埒(ふらち)な事をしようとしても止められないからですわ」

「ほう、私はよほど信用が無いようだ」

「ほほ、婚約者でもない女性を一人だけ呼び出す男性を信用など」

 「ふ、不埒…」と、赤くなっているアリアをそっちのけに、二人の間に見えない火花がバチバチと散る。


 その空気を止めたのは、部屋に入って来た私の側近のアランだった。

「レザック殿下、ちょっとよろしいですか。アリア様、ミレイユ様、御歓談中失礼いたします」

 そう言って私の前に書類を出す。懸念だった事が解決した報告だった。

「了解した。ところでアラン。お前もそこに座ってミレイユ嬢の相手をしてくれないか」

「私が、ですか……?」

「ミレイユ嬢を退屈させるのは忍びない」

「いえ! 私は本を読んでいますのでお気遣いなく」

 慌てたミレイユの膝の上から読んでいた本が落ちる。「落ち着き」はどうしたのやら。

 ミレイユより早く、アランが本を拾い上げた。

「これは『経済資産論』ですね。もう6巻を読んでらっしゃるのですか」

 アランから渡された本をとても重そうに両手で受け取るミレイユ。

 いつも冷静なミレイユが、アランに声をかけられると赤くなることに私は気付いている。


「アラン様もこれをお読みになったのですか?」

「まだ3巻なんです」

「3巻も興味深いですわね。流通の為替の統一化はぜひ実現すべきですわ」

 二人が話に花が咲かせるのをこれ幸いと見ていたら

「その本、レザック様も読んでましたよね!」

と、アリアに話を振られてしまった。

「あ…ああ、あまり読み進めてないが」

「今、2巻ですか?」

「1巻……」

 ミレイユの冷たい視線が突き刺さる。

「し……仕方ないだろう。色々と忙しいんだ」

「何も言ってませんわ。読むと言ったのなら、石にかじりついても読む気概が欲しいと思っただけです」

 言ってるだろうが! アランとの仲を邪魔してやるぞ! ふふんっ!


「ミレイユ嬢は、まだ決まった人がいないんだよな? 良ければ父上に頼んで」

「いえ、決まってますよ」

「えええっ!!?」

「アリア、はしたないわ。落ち着いて」

 いや、私もアランも叫びそうでしたよ。


「お姉さまに決まった相手がいたなんて、知りませんでしたわ!」

「言ってませんもの」

「そんな!」

「言う必要が無かったのよ。でももう時間切れみたい」

 ミレイユ嬢は小さくため息を吐くと、

「レザック様、アラン様、もうお会いすることは無いと思いますが、どうぞお元気で。お二人の幸せを祈っています」

と、笑顔を見せた。

 私もアランも、いきなりの流れに付いていけなかった。






 教会で、アリアとミレイユが二つの棺で眠っている。

 ほんの数日前の笑顔が嘘のようだ。


 「時間切れ」

 それは二人の寿命だった。


 神がミレイユに与えたスキルは、『自分の寿命を他の人に分け与えられる』だった。

 ミレイユは、そのスキルを幼くして不治の病になったアリアのために使った。もちろん、両親や兄は反対した。

 だが、「自分ならアリアを助けられたのに」と思いながら生きる方がずっと辛い、と言われては止められなかったそうだ。

 アリアは何も知らぬまま成長した。


「読むと言ったのなら、石にかじりついても読む気概が欲しいと思っただけです」

 君は石にかじりついても妹のために命を与え続けたんだね。

 でも、本すら重く感じるようになり、君は時間切れを悟った。


 もともと長く無かったミレイユの寿命をアリアに分け与えたのだ。必然的に二人の人生は短い。悲しむ人は少ない方がいいと、二人に婚約者は作らないようにしていたらしい。

 だが、それは無駄だよ。私は、婚約者でなくてもアリアを愛した。今、私の隣にいる男は、「殿下の婚約が調(ととの)った後に申し込もうなんて思わなければ良かった」と、悲しんでいるよ。




 二つの棺が土の中で永遠の眠りにつく。

 さようなら。絶対に忘れないよ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ