[テラと魂の影―プシューケー―]
そもそも影とはなんであるか…
エトワールは今までそのことを考える事はなかった。
あの時、アンセムはこの【朝の魔石】に封印された…。
あの男はどうなったのだろうか・・・?
「皆、【月】が何であるかは知っているであろう?」
ロンドが全員の顔を見回すとノイ以外は縦に首を振る。
「月は、この大地のもう一つの顔だよ、ノイ」
エトワールが隣に座るノイに簡単に説明をする。
「うむ、【月】は【大地】と表裏一体。夜空に浮かぶ月とはまた別の存在である【月】は影を閉じ込めておく檻。何もない空間を彼らは漂う」
「なっ…ちょっと待ってくれ…じゃぁっ、影はっ…!!!」
エトワールの瞳が見開かれた。
ノイは訳がわからずエトワールとロンドの顔を交互に見比べる。
「そうじゃ…影は今まで【魔石】を悪しき事に使った魔法使いたちのなれの果てじゃ……。影となったもの達は身体も理性も失う。ただの抜け殻となる」
そして、一度檻からでれば生前あったであろう身体と命を欲して奪い始める。
「っ……じゃぁ、僕は……元はこの【大地】を守っていた魔法使い達を…」
「貴方だけじゃない。私達だってそうよ。でも、彼らを消さなければ私たちがやられてしまう。それは絶対に避けなくてはいけないのよ」
この【大地】を守る為に………。
「過去の魔法使い達の中には、アンセムのような者も多かったと聞いたこともある…。影を開放する術は未だに見つかってはおらぬ。【月】という檻以外はのぅ」
「なら、アリアは……」
エトワールの言葉に全員が彼を見た。
誰もが一度考えた。
「アリアはどうなっているんだ・・・・彼女は……」
そこまで言ってエトワールは口を結んだ。
彼女は…【魔石】を守って死んだのだ……
「すまぬ、アリアの事は、ワシでも解らぬ…」
「そう……」
「エト……」
「【朝の魔石】はここにある。今後は三人一組で行動してもらう。各街の結界を強化することと、【朝の魔石】の修復だ」
レクイエムの三人一組の言葉にエトワールが眉を潜める。
シンフォニエッタがパチンと指を鳴らす。
目の前に現れた温かい紅茶にクッキーなどの焼き菓子。
難しい顔をしていたノイの顔がみるみる柔らかくなり輝きだした。
「食べていいのよ?ノイ」
シンフォニエッタは優雅に紅茶を手に微笑むと、ノイは満面の笑みとしっぽで喜びを露にした。
エトワールはため息をつき紅茶を一口飲む。
「おいしい?」
「うん!!」
「ノイは可愛いわね~。昔の誰かさんのようで」
シンフォニエッタが横目でエトワールを捉えると、彼は丁度良く紅茶を噴き出した。
咳きこむエトワールにレクイエムが声をかける。
「シンフォニエッタ、あまりいじめてやるな……」
「あら、いいじゃない。こうしてゆっくりお茶なんて今後できないのだし……。影がどこに潜んでいるかも突き止めなくてはならないし」
「……」
「拠点はここ?」
パッションが焼き菓子を口に入れたまま尋ねるとエトワールはぎょっとしながらレクイエムを見た。
「永遠の塔でいいかと思うが、ここは居心地が良いからな……」
「そうね、此処の屋敷の造りは私も好きだわ」
どんどん会話が嫌な方向に進んでいく。
「だよね。トゥッティも羽を伸ばせるところがいいし」
「ちょっ…」
「はい、じゃぁ拠点はここで決定。異論は受け付けないわよ」
エトワールの意思は関係ないのか、結局シンフォニエッタの一声で不思議の街を拠点とすることとなり、エトワールは仕方なく腰を上げた。
決定したことが覆ることがないのは良く解っている彼は手をゆっくりと下から上へと動かした。
ずずずずんと何かが動く音がしてノイはきょろきょろと上を見回した。
「な、何??」
「上にいけばわかる。部屋は勝手に掃除するなりしてよね。そこまで面倒は見切れない」
エトワールはそれだ言い残すと広間を後にした。
「相変わらずだな」
「でしょ?庭園も行ってみたら?ちゃんと手入れされてるから」
「ね、エトは何をしたの??」
ノイはくすくすと笑うパッションの袖を引っ張った。
パッションはにんまりと笑って上を向いた。
「エトがね部屋を増やしてくれたのよ。ここの屋敷は必要な部屋しかつくっていないから、客室が少ないの。だから今エトが魔法で空間を広げたの」
「すっごーーーい!!そんなこともできちゃうの!?」
「できちゃうよ~!!よし!じゃぁ探検いこうか!」
「うん!!」
そうときまればとパッションとノイは広間を後にして走り出した。
慌ただしい二人がいなくなり広間は静けさを取り戻す。
「さて、私たちも部屋へ行きましょうか。ベッドやら洋服やら新調しなくちゃ」
「そうだな。とりあえず寝る場所は創らないとな」
「ワシは後から行こう。庭園を見たいのでな…」
ロンドは二人とは逆方向へと歩き出す。
そんな後姿に二人は穏やかな笑みを浮かべていた。
きっと抱えていた不安がなくなったのだろう。
「これから…忙しくなる」
「……えぇ」
シンフォニエッタがふと空を見上げると真赤な鳥が彼女の肩へと降り立った。
脚には手紙が付いており、彼女はその手紙を広げて目を通した。
「どうした?」
「……レクイエム、悪いけど領地へ戻るわ。海が異様なほど荒れているらしいの。また魔女が暴れているのよ」
手紙を燃やすと彼女は相方のシルメリアを呼び起こした。
シンフォニエッタは、シルメリアの背に跨りレクイエムを見下ろした。
「あちらを片付けたらすぐ戻るわ」
「一人で大丈夫か?私も共に行こうか?」
「問題ないわ。私を誰だと思っているの?」
クスリと笑うシンフォニエッタにレクイエムは苦笑する。
手綱を引きシルメリアが前足を上げた。
「気をつけて」
「えぇ」
シルメリアは優秀な雌馬だ。
東から南へ移動するのも一日もかからないであろう。
駈け出した馬はすぐみえなくなった。
「・・・・この時期に魔女とは・・・・」
レクイエムはローブを翻し部屋へと戻って行った。
彼女のことだ。明日朝一で魔女の力を押さえるはず・・・。
「明後日の夜には戻ってこれるか……、ガルフィード、アレスこちらへ。ここは明後日まで封印を施する」
むくりと顔をあげたガルフィードがいまだ眠るアレスの首を銜え、引きずるようにレクイエムのところへとやってきた。
眠り続けるアレスに半ばあきれ気味のガルフィードはふぃと顔をレクイエムの横へとむけた。
「エトワールか」
「上からシルメリアが走っていくのが見えた。何かあったの?」
エトワールがガルフィードの口からアレスを受け取り、ソファに置かれているクッションへと寝かしなおす。
レクイエムは外からの侵入を防ぐ結界を張りながら南の地で起こったことを彼に伝えたのだった。
「魔女ガラテア・・・。蛇と龍とが混ざり合った異形の者か」
「明後日の夜には戻ってくるはずだ」
「・・・そうだね。シンフォニエタのことだから手早くすませてくるだろうね」
苦笑しながら話すエトワールにレクイエムもそうだなと笑う。
魔女ガラテアが彼女に敵うはずがない。
「ノイ達は?」
「さぁ・・?今頃屋敷内を走っているのではないのか?」
何やってるんだか・・・と文句を言いながらも探しに行こうとするエトワールに付き合ってやるとでもいうように立ち上がったレクイエムは部屋から姿を消した。
カーン
コーン
カーン
コーン
〔何をしている・・・・〕
〔・・・・・〕
カーン
コーン
カーン
コーン
カーン
シンフォニエッタが南へ向かった翌日。
不思議の街に二つの影が降り立った。
真っ黒のドレスと黒のベールで顔を覆った女性と、その傍らに佇む仮面をつけた男性。
女性はベール越しに街を眺めていた。
〔いくぞ〕
男性の言葉に女性は静かに歩きだした。
ガタンッ
椅子から崩れ落ちたエトワールにレクイエムが近づき手を差し出す。
彼は青ざめた表情をレクイエムへ向けた。
「大丈夫か?エトワール・・・」
「凄く嫌な気配がする・・・。何かが結界を超えて僕の街へ入ってきた」
「エトッ、こっちへくる・・・何かがこっちへくるよ!!!」
ノイは毛を逆立てて部屋の入り口を見ながら叫んだ。
「・・・レクイエム、パッション。この屋敷にさらに強い結界を張るのじゃ」
ロンドは指示をだすが、エトワールが首を横に振っってそれを止める。
「だめだ・・・。もう、そこまで来ている。今からでは間に合わない・・・」
「人なのか?獣なのか?」
「どちらも違う・・・。この気配は・・・・影と非常に酷似しているけど・・・何かが違う」
そう告げたのと、屋敷の扉が破壊されたのはほぼ同時であった。
響きわたる音に、ノイはビクリと肩を揺らした。
コツ
カツン
コツ
カツン
二つの靴音
二つの影
二つの黒が屋敷へとやってきた。