ひかりのぬま
上を向いて泳ぐ魚のいる沼は、魚が泳ぐたびに金色の粉をサラサラと舞い上がらせ、とても美しく光り輝いている。
この粉はとても特別で、美しいからと言ってその粉を少しでもすくいあげてしまうと、たちまち魚は死んでしまって、美しい沼は消えてしまうのです。
なので、そこに住む人々や、それを愛する人々はその沼をとても大切にまもっていました。
ある時、この沼がとても大好きな1人のマキリという青年が沼の周辺の掃除にやって来ました。しばらくあたりのゴミ拾いなどをしていると、木の影に1人の美しい女性が立っていました。
マキリは声をかけました。
「こんにちは。そんなところで何をしているのですか?」
女性は恥ずかしそうにうつむきます。
右手に持っていたハンカチを唇にそっと当てるとこういいました。
「私は、美しい沼があると聞き、一目見たくてやって来ましたが、どうにも魚が怖くてそばに行けないのです」
マキリもこの沼がずっと大好きで小さい時から見て来ました。ですので、どうしても見せてあげたくなっていました。
「魚も聖なるもので、とても美しいです。怖くはありませんよ。さっ、私と一緒に行きましょう」
マキリが彼女に手を差し伸べると、口元のハンカチはそのままに小さく頷き、差し出された手をそっと握りました。
マキリは優しく側まで連れて行きました。
するといつもの動き以上に魚が暴れ出しました。
マキリはいつも見ていますので、その動きにすぐに気づきました。
「こんなことははじめてだ。」
そう思うと、怖がっているだろうと、手の先の彼女を庇おうとしたその時、突然黒雲がない降りたかのように暗くなり、美しい女性だと思っていた人は恐ろしい悪魔でした。
とても大きな口を開いたかと思うと、沼の魚全部をすごい勢いで吸い込み、マキリとともにあっという間に飲み込んでしまいました。
昼も終わり夜が近づいて来ました。
マキリのうちでは、掃除からかえってこない息子を両親がとても心配していました。
「母さん、わしが沼を見てくるからここで待っていてくれ」マキリの父さんは家の入り口でたたずむ妻にそう言いました。
外に出ようとしたその時、近所に住むスマというマキリと友達の青年がマキリのうちに走って来ました。
「たいへんだ!大変だよ!沼も魚もなくなっている!マキリは?マキリはいる?」
その言葉に、マキリの父は走って沼に向かいました。
沼についたとき、その光景に声も出ないほど驚きました。
「沼の水も、魚も。何もないじゃないか」
立ち尽くす父の元に辿り着いたスマは沼の周りをマキリを探しに走りました。
マキリの姿はありません。
ですが、マキリが掃除をするために持っていた箒が倒れていました。
「おじさんなんでこんな事に。マキリも探したけどどこにもいないよ」
言葉にならない思い出いっぱいでしたがマキリの父は、何か手がかりがあるのではないかと、沼をみまわしました。
すると何か光る場所があります。
あたりは暗くなってきたので、近くに来た時、その光がよく見えました。
その光に手を伸ばそうとした時その光は大きく膨れ上がりました。
するとどうでしょう。金色に光り輝く女神様が現れました。
「私はこの沼の精霊です。あなた達が長い間大切にしてくれている事にとても感謝しています。ありがとう。この沼は悪魔に持って行かれてしまった。お前の息子とともに。」
マキリの父は悲しさのあまり、地面に膝を落としました。
「大丈夫です。私は悪魔に連れ去られる瞬間に、あなたの息子に魔法をかけました。あの子は心優しく、いつもこの沼を大切にしてくれていました。悪魔に打ち勝ち、沼とともにやがて彼は戻ってくるでしょう。あなた達の手助けも必要です。2人にこの水と砂を渡します。6日後に悪魔はあなたの息子に扮して沼の状態を見にくるでしょう。その時グゥという音が、悪魔から3度聞こえてきたら、その砂と水を悪魔にかけてください。沼は戻り、息子も戻るでしょう。お願いしますね」
女神様はそう言われると、あっという間に消えてしまわれた。
渡された砂と水は、スマが砂をマキリの父が水を手に持った。
6日後にまたこの場所で会う約束をして、帰って行った。
マキリの母はその話を聞いて大変悲しんだ。
沼がなくなったことで、沼を大切にしていたもの達が激しく怒り出したが、マキリの父は一人一人に話をして、6日後を待つように伝えた。
マキリを失った父の言葉は、痛いほど皆の心を一つにした。
皆は、水の失った沼でも常に美しくしようと、沼の整備に働いた。
5日目がすぎ、いよいよ6日目となった。
マキリの母はマキリの好物のスープを作り、パンを焼いた。
父は朝から沼のほとりで、悪魔を待った。
スマも父から遠く離れず隠れていた。
昼もすぎ、夕焼け空が美しくとなるとき、見たこともない大きく黒い狼の姿がそこにあった。
その姿はあまりにも大きく、サラサラと光る黒い毛並みが針のように尖っている。
これは悪魔だとわかったが、同時に2人は恐怖を覚えた。
手が震える。
だがチャンスはこの日だけ。
気持ちをしっかりと持つために、静かにゆっくりと息を吐いた。
狼が沼に近づき、覗き込んだ時
「グゥ」と確かに音が聞こえた。
マキリの父もスマにも聞こえている。
「グゥ」狼は顔を上げた。
マキリの父とスマはより近づくために動いていた。
「グゥーー」狼は空を見上げるように顔を上げた。
3度目の音が鳴った。
マキリの父は飛び出し、おおきく振りかぶってたくさんの砂をかけた。
すると狼の口が開き、魚達が飛び出して来た。金色の光を放ち、次から次へと飛び出してくる。悪魔は動けず、苦しそうに口を開けている。
スマも水をかけた。
スマの容器は小瓶であるのに水が途切れることがないので、ずっとかけつづけている。金色の光とともに飛び出す魚はいつものように美しかった。魚が途切れたその時、金色に全身を覆われたマキリが最後に大きな袋を背中に抱えて飛び出して来た。
マキリが地面に足をつくと、スマの水はなくなり、悪魔はそのまま石となった。
沼が元にもどった。
魚は空を見上げて泳ぎ、光の粉をキラキラと水面に舞い散らしている。
「父さん」
マキリは父の方を見た。
「マキリ」
全身が金色になっている。
「父さん、スマ。助けてくれてありがとう。
父さんとスマにお願いがあるんだ。
父さんは僕の体の金を拭ってとって欲しい。
そして僕が持って来たこの袋の中は、たくさんの金の粉だよ。これをみんなで分けよう」
そうして、悪魔のお腹の中から救い出されたマキリは、沼を大切にしている皆と愛する皆全員に金の粉を分けました。文句を言うものなんて1人もいません。
そして沼を愛する人達みんなで、喜び合いました。
今でもその沼はとても大切に守られ、とても愛されているのでした。