表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
悪徳令嬢、ドバトになる  作者: カメメ
2章 ハトになったわたくし
6/28

3話 助けてくれた? いけ好かないおとこ

 

 目の前は、真っ暗。


 汚泥を掻き分けて、雨に打たれ、わたくしは進む。


 進む。


 進む。


 行き先は、分からない。


 誰にも愛されず、


 誰からも、愛されない。


 わたくしの行き先は、


 分からない。


 分からない。


 ……分からない。


 何かに、つまずく。


 わたくしは、倒れる。


 凍えるような冷たい水は、むしろ暖かく感じて。


「……」


 遠退く意識のなかで、


 誰かの声を、聞いたような気がした。


 ○○○


 わたくしが使うものは例外なく高級品だが、ベッドは特にお金をかけている。


 暖かさ、肌触り。全てがパーフェクトになるよう、特注している。


 寝心地は最高。


 どんなに腹が立つことがあっても、一度ベッドにはいれば、柔らかな眠りに誘ってくれる。


 わたくしは枕に頬をすりよせる。


 枕の代わりに、暖かな毛布がわたくしを受け止める。


 枕はどこにいったのかと目を開けると、


「……え!?」


 一気に、目が覚めた。


 わたくしがベッドだと思っていた場所は、ベッドではあったが、犬猫が使うような小さなベッドだった。良質な生地の毛布にくるまれている。


 そんなもの、わたくしの家にはない。


 混乱するわたくしの頭のなかに、ある二つの事実が蘇ってきた。


 ひとつ、わたくしは鳩になっていること。


 もうひとつ。


 ……わたくしは、両親からも愛されていなかったこと。


「……ふっ、はははっ」


 わたくしは、から笑いする。


「わたくしは愛されている。そう思い込んでいましたわ。……わたくしは、愛されていなかったのね」


 鳩になったことよりも、そっちの方が辛く、悲しい。


 かちゃん、と、控えめに扉が開く。


 わたくしは硬直する。


 誰かが、帰ってきた。


 わたくしは顔をあげ、驚愕する。


「あ、あなたは……!」


 ピジン・コルンバ。


 昨日のお茶会で、庭師を解雇したわたくしに激怒していた男だ。


 ラフな服装をしている。おそらく、ここが彼の部屋なのだろう。


 わたくしを自室につれてきて、どうするつもりなのか。


 トッキャ大臣のように、蹴り飛ばすつもりか。


 それとも、殴り付けてくるのか。


 わたくしは怯え、震える。


 彼は手をのばす。


 わたくしは身を縮め、暴力に恐怖していると、


「怖がらなくていいよ」


 あまりに優しい声色に、わたくしは弾かれたように顔をあげる。


 ピジンは目を細め、微笑んでいた。


「大丈夫。僕は味方だよ」


 彼は灰色の汚ならしい羽を、優しく撫でる。


「大丈夫。大丈夫。ここに、君を怖がらせるものはないよ」


 ピジン副隊長は、いつの間にか落ちていた毛布をわたくしに被せる。


「さて、お腹すいているだろ?ごはん食べようか」


 彼はキッチンに行き、棚を漁る。


「ここは、まさか彼の家?」


 呆然としていると、ピジンが戻ってくる。


「鳩用のご飯はないんだ。これで我慢してくれる?」


 小さな器には、たっぷりのトウモロコシや豆が入っていた。


 わたくしがいつも口にしているのは、高級料理屋のシェフが最高級の食材を使った料理だ。


 トウモロコシや豆は、わたくしにとって食べ物ではない。食材だ。


 そんなものを食卓に出すなら、わたくしは速攻でコック長はもちろん、他のコックも首にする。


 けれど今のわたくしの体は、それを食べ物と認めた。


 余計なことを考える間もなく、わたくしは皿に首を突っ込んだ。


 トウモロコシは安物で水っぽく、豆も固い。


 けど、美味しい。


 いままで食べたどんな料理よりも美味しい。


「ははっ、いい食べっぷりだな。水をいれてくるから、ちょっと待っててな」


 水を飲んで、ごはんを食べて、水を飲んで、ごはんを食べて。


 皿が空っぽになったときには、わたくしのお腹もいっぱいになっていた。


 ピジン副隊長はわたくしの体をペタペタ触る。


「暖かいな。食欲もあるから、ひとまずは大丈夫だな。あとは、怪我をしていないか、だね」


 ピジン副隊長はわたくしの羽を引っ張り、撫でるようにさする。


「ひ、ひやっ!」


 むず痒くて、わたくしは身を縮める。


「や、やめなさい!」


 もちろん、わたくしの言葉は届かない。


 ピジン副隊長は触るのをやめず、尾羽の付け根までも触ってきた。


 言いようもない、はじめての感覚に、わたくしは無我夢中で暴れる。


「ちょ、やめなさい!!」


 必死に暴れていたら、彼の大きな手に、わたくしの嘴があたった。


 人間からすると小さな動物だが、嘴は鋭く、彼の手にナイフで切ったような傷がぱっくり開く。


 一拍遅れて、血が滴り落ちる。


 わたくしは我にかえって、動きを止める。


「ご、ごめんなさい。わ、わたくし、あなたに怪我をさせるつもりはなかったの」


 頭に浮かんだのは、女性に悲鳴をあげられ、トッキャ大臣に踏み潰された、小さな虫の姿。


 わたくしも、あんな風に……。


 ピジン副隊長は、急ぎ足でキッチンに向かう。水が流れる音がする。


 棚をあさり、絆創膏を手に巻く。


 応急措置が終われば、次は、わたくしに罰を与えるつもりだろう。


 わたくしは窓を見上げる。開いていない。


 扉も、開いてるはずはない。


 そう思っていると、チープなブザー音が聞こえてきた。


 ピジンは扉を開けにいく。


 逃げるなら、今か。


 けど、外に出たところで、人やカラスに襲われるかもしれない。


 人間の時、わたくしは迷うことはなかった。


 望めば、何でも手にはいった。


 気にくわないものは、すべて排除できた。


 けれど、鳩になって、わたくしの性格も変わってしまった。


 わたくしは決断ができなかった。


 迷っている間に、扉が閉まってしまった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ