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悪徳令嬢、ドバトになる  作者: カメメ
7章 あなたのことを、愛している
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1話 三度目の、変化

 トッキャ大臣は両手をあげて、膝をついた。


「私を捕まえたいのなら、好きにすればいい。抵抗はしない。だが、お前がリルイア様を連れ去った罪は消えやしないぞ」

「……リルイア様は無事です。あなたたちの動きがあまりに不穏でしたので、隠れてもらっているだけです」

「……まさか、あそこにいるのか?」


 トッキャ大臣は見当違いの方向を指をさす。ピジン副隊長も、周りで固唾をのんで見守っていた市民たちも、操られたかのようにそちらを見る。


 誰も見ていない、わたくししか見ていない隙に、トッキャ大臣はサーベルを手繰り寄せる。


 トッキャ大臣は何事もなかったかのように、肩をすくめる。


「いや、違うか。霧が動いただけか。ならば、リルイア様はどこにいる?」

「……」

「ふん、私を捕まえない限りは言わないつもりか。分かった。好きにしろ」


 ピジン副隊長は、転がっている警備隊員から手錠を借りると、トッキャ大臣に近づく。


 そのときのトッキャ大臣は、


 にやりと、笑っていた。


 彼の手にはキラリと光るサーベルが握られていた。ピジン副隊長は気づかず近づく。十分に距離をつめたあとで、トッキャ大臣はサーベルをピジン副隊長に向けた。


「……っ!」


 無我夢中だった。


 わたくしは岩陰から飛び出し、トッキャ大臣にアタックした。


「うおっ!」


 トッキャ大臣は体勢を崩す。


 はじめは驚いていたトッキャ大臣だが、わたくしの姿を見て、憎しみに顔が歪んだ。


「この女……! 私の邪魔をするな!」


 サーベルを取り上げようとするが、結局のところ、わたくしは非力な女性だった。サーベルは奪えず、むしろ彼に突き飛ばされ、


「死ね!」


 サーベルが、わたくしに襲い掛かる。


 その寸前、


 ピジン副隊長が、わたくしとサーベルの間に割って入った。


 ……生暖かい液体が、わたくしの頬につく。


 大きな背中が、ゆらりと揺れる。


「……ぴ、ピジン、副隊長……?」


 ピジン副隊長はトッキャ大臣のサーベルを取り上げ、遠くに投げすてる。サーベルが地面に落ちる前に、彼はトッキャ大臣の両手をまとめあげ、手錠をかける。


 そして彼は、


 力尽きて、崩れ落ちる。


「ピジン副隊長……? ピジン副隊長!!!」


 彼のお腹から、血があふれている。


「ピジン副隊長、ピジン副隊長!!!」

「心配、しないでください」

「だって、こんなに血がっ!」


 今こうしている間にも、彼の服は血で汚れている。


 わたくしは、どうすればいい。


 どうすれば。


 ……分からない。


 この国の歴史は分かるのに、人を懐柔する方法は知っているのに、血をとめる方法は教えてもらっていなかった。


 ピジン副隊長は、動揺して立ち尽くす警備隊隊員に鋭く命令する。


「トッキャ大臣を拘束しなさい。今の時間にポポ山を降りるのは危険だ。まず式場にとどめ、霧が薄くなったら下山するように」


 彼らはトッキャ大臣よりの隊員だが、動揺しているのか、副隊長の命令を速やかに聞き入れ、トッキャ大臣を連行していった。


「ちょ、ちょっとお待ちなさい!」


 わたくしは慌てて残っている警備隊員に叫ぶ。


「ピジン副隊長も、治療をしないと。誰か、応急処置ができる人はいないの!?」


 残った隊員たちは顔を見合わせる。


 どうすればよいのか悩んでいるようだ。


「いいから、早くしてください!」


 わたくしが怒鳴ると、警備隊員の人々を押し退けて、バスが駆けつけてきた。


「俺がやるっ!」


 儀式用の制服が汚れるのも構わず、バスはハンカチで止血を試みる。


 しかし、傷口からは絶え間なく血液が流れ出て、止まらない。


 バスは舌打ちする。


「畜生、傷が深すぎる!医者を呼ばないとまずいぞ」

「わたくしがっ!医者を呼んできますっ!」


 わたくしが懇意にしている医者が、ポポ山から下りたすぐそこに住んでいたはずだ。


 呼んでこようと立ち上がるが、ピジン副隊長はわたくしの服を弱々しく引く。


「だめ、だ」

「ですがっ、」


 市民の一人も、首を横にふる。


「ピジン副隊長の奥方様。昼時のポポ山の下山は大変危険です。頂上にあった霧が下に下りておりますので、登山道でさえも霧が立ち込めています」

「そんな、なにか方法はないの!?」


 バスは止血の手を止めずに項垂れる。


「霧は山の周辺だけを覆っている。伝書鳩でもいれば、ふもとの医者に連絡ができるだろうが、ここは鳩を飼える環境にないから、伝書鳩を置いていないんだ」


 バスはため息をつく。


「……霧が薄くなるまで、ピジンに耐えてもらうしかない」

「……」


 わたくしは考えた。


 考えて、考えて、考えて……。


 わたくしは、決めた。


「鳩なら、ポポ山を下りることができるのですね?」

「ああ。だが、さっきも言った通り、ここには鳩が、」

「わかりました。ではバス、医者に見せる手紙を書きなさい」

「はあ?なんで俺が。つーか、どうして俺の名前を……」

「いいから!」


 睨み付けると、バスは嫌々ながら手早く記入する。


「これでいいか」


 乗り気ではなかったが、バスはしっかりと手紙を書いてくれていた。


 わたくしは「ありがとう」と礼を言う。


 バスは戸惑うようにこくりと頷く。


 準備は整った。あとは、ハトを用意すればいいだけだ。


 わたくしは目をつぶる。


 頭のなかで声が響く。


「本当に、よろしいのですね?」


 魔法使いは驚いたように首をかしげる。わたくしは心のなかで返事をする。


「……わかりました」


 彼女は微笑む。


「では、いきなさい。愛する人を守るために」


 わたくしの体が光輝いた。


「うわっ!」「な、なんだ!」


 皆はひどく混乱している。けれど、わたくしの心は落ち着いていた。


 小さな子供が母親に駆け寄るように、わたくしは光に身を委ねる。


 わたくしの細い腕は、灰色の翼に。


 白い喉は、鮮やかな赤紫色に、うなじはエメラルド色に。


 大きな瞳は、豆粒のような目に。


 わたくしは、


 正真正銘、ハトとなっていた。


 周りの人々は驚き騒いでいる。


 バスはあんぐり口を開けているし、市民たちのなかにはびっくりしすぎて気絶している人もいる。


 ピジン副隊長も、わずかに顔をあげてわたくしを見ていた。


 目は大きく見開き、パクパクと口を開け閉めしている。


 思えば、こんなに動揺しているピジン副隊長をみるのも、はじめてかもしれない。


 わたくしはくすりと微笑み、翼を羽ばたかせる。


 久しぶりのこの体だが、不思議と馴染んでいる。


「ピジン副隊長。待っていてください。必ず、医者を呼んできます」


 そしてわたくしは、


 空へと飛んだ。

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