4話 悪い大臣の、悪い企み
今まで全く気づかなかった。いつの間にか、たくさんの足音が地を響かせている。
どうして見つかってしまったのか。
悠長に話していたから?
怯えているわたくしに、ピジン副隊長は耳打ちする。
「心配しないでください。彼らは僕たちを見つけていない」
「で、ですけど」
「大丈夫です。落ち着いて、口を閉ざしていてください」
不安だったが、わたくしは彼の言う通りにする。
暫く耐えていると、トッキャ大臣は舌打ちをする。
「ちっ、ここにもいないか……」
警備隊隊長はおどおどと言う。
「あの二人は霧のなかを走っていました。やはり、谷にでも落ちてしまったのでは?」
「そうだな……」
トッキャ大臣は、驚くべきことを口にする。
「ならば、国王陛下には、ピジンがリルイア様を拐かし、ポポ山で無理心中を図ったと報告しよう」
隊長はすぐさま賛成する。
「いいですね!それなら、どちらか生き残っていたとしても、言い訳がしやすい」
「ピジンのやつがノコノコ出てきたら、リルイア様暗殺の罪で処刑すればいい。もしリルイア様が生きていれば、精神の病と偽ればよい」
トッキャ大臣はふう、とため息をつく。
「しかし、なぜリルイア様はピジンを逃がしたのか。あの人らしくない。誘拐されて変わってしまったのだろうか」
過去のわたくしは、結婚相手の候補にトッキャ大臣を入れていたが、こんな人間のそばにいなくてよかった。
わたくしは心のなかで呟く。
確かに、昔のわたくしはひどい女だったけど、さすがに殺しをする人を好意的に見ない。
まるで、わたくしの怒りを反映するかのように、誰かが、声を荒げる。
「さっきから見てたら、お前らふざけたことを抜かしやがって!」
「そうよそうよ!!あの人がいるおかげで、わたしたちは安心してトハエイで暮らせているのよ!」
老若男女問わず、人々が声をあげる。
彼らは、教会の周囲にいた、一般市民に違いない。
警備隊たちは市民たちを抑えようとするが、彼らは怯まず抵抗する。
「ピジンさんを牢屋にいれるなら、俺たちを倒してからだ!」
「ええい、うるさい!」
トッキャ大臣は癇癪を起こしたように怒鳴る。
その直後、
「きゃあ!」
殴打の音と、女性の悲鳴が響く。
「まさかっ!」
わたくしの脳裏に嫌な予感がよぎり、血の気が引いた。
わたくしの横にいる、ピジン副隊長は、
「……リルイア様。絶対に動いてはいけませんよ」
「え?」
聞きなおす暇もなかった。気が付いたら、ピジン副隊長は飛び出していた。
「お待ちください」
わたくしたちがいた場所は、ポポ山の頂上付近だったらしい。あんなに周囲を漂っていた濃い霧が嘘のように晴れた。
まぶしい太陽の光が、ピジン副隊長を照らす。
彼は倒れている女性に手を差し伸べる。
「どこかお怪我はありませんか」
「ピジンさん……! ありがとうございます」
その光景は、まるで物語で出てくる勇者のようだ。市民たちも口々にピジン副隊長の名を呼び、安堵のため息をつく。
一方のトッキャ大臣と隊長は顔を見合わせて、にやりと笑う。
市民にばれないようにか、トッキャ大臣はすぐに真面目な表情に戻る。
「ピジン。リルイア様をどこにやった」
「……」
ピジン副隊長は黙って、近くの枝を拾う。
警備隊隊長は耳障りな笑い声を上げる。
「そんなもので勝てると思っているのです? 笑わせないでください」
隊長が合図をすると、警備隊の人たちは無言でピジン副隊長を囲む。
彼らは一斉にサーベルを抜いて構える。
五十以上のサーベルが、ピジン副隊長を狙う。
「ひ、卑怯だぞ!」「そうよそうよ! 正々堂々と勝負しなさいよ!」
市民たちの当然な意見だが、トッキャ大臣は一喝する。
「黙れ! 奴は王族の血を引く者を亡き者にしようとする犯罪者だ。奴を庇うのなら、お前らも無罪ではすまない!」
トッキャ大臣の脅しに、多くの市民は怯えて口を閉ざす。
それでも、ピジン副隊長のためにと、抗議しようとする勇気ある人もいた。
だが、ピジン副隊長は片手をあげて、彼らの蛮勇を制止する。
「心配しないでください」
彼は微笑む。
「私は、負けませんから」
冷静に宣告した勝利発言を、警備隊隊長は一笑に付す。
「ふん、強がっていられるのも今のうちです。皆の者! やっておしまい!!」
警備隊の人たちは、一斉に襲い掛かった。
サーベルと枝では、どう考えても前者が圧倒的に強い。そのうえ、向こうは複数、ピジン副隊長は一人だ。
勝てっこないと、わたくしは青ざめる。
だが。
ピジン副隊長は強かった。
とんでもなく強かった。
たった一本の枝が、まるで名のある剣と錯覚してしまうほどに、彼は次々と隊員たちを倒していく。
おそらく、一分程度で、五十人もの隊員全員が地に伏せる。
呆然と見つめるトッキャ大臣と警備隊隊長だが、ピジン副隊長は勝ち誇ることもなく冷静で、マイペースだった。
彼は曲がってしまった枝を愛おしそうに撫でる。
「助けてくれてありがとう。次に会うときは、違う形で会いたいな」
違う形とはどういう意味か、転生したら友達になりたい的な意味なのか、相変わらずよく分からなかったが、ひとまず彼は枝を優しく地面に転がし、トッキャ大臣たちを睨む。
「……あなたは、罪のない市民を威圧しました。例え大臣であったとしても、この行いは許すことはできません。逮捕させていただきましょう」
隊長は悲鳴のような声をあげて怒鳴る。
「な、何を言っているのかね君は! トッキャ大臣を捕まえるなんて、ありえない。ありえない!」
隊長は近くに落ちていたサーベルを手に持ち、ピジン副隊長に突っ込んだ。
結果は、語るまでもなく。
「ぐえっ!」
カエルのように潰れた。
わたくしは思わず笑ってしまって、慌てて口を塞ぐ。けれど、ばれる心配はなかった。市民たちも「いいぞ!」「さすがお飾りの隊長さん!」と歓声をあげ、拍手をしていた。
警備隊の隊長職は、実績なぞ必要ではなく、大臣からの推薦のみで決まる。その事実は、トハエイの市民たちは百も承知なのだ。
……にしても、ここまで弱いとは思わなったが。
トッキャ大臣も、さすがに顔をしかめて怒鳴りつける。
「何を簡単に転がされている!」
「す、すみません……」
さすがのこの状況に、トッキャ大臣は冷や汗をかいている。ピジン副隊長は淡々とトッキャ大臣を説得する。
「大臣。これ以上の争いは無意味です。大人しく投降してください」
「……」
トッキャ大臣は目玉をぎょろぎょろとさせて、辺りを見渡し、ある一点を見つめる。
わたくしは視線をたどる。
そこには、警備隊の誰かしらが落としたサーベルがあった。
トッキャ大臣が微かに微笑んだのに気が付いた。




