4話 両親からの助言
わたくしは、実の両親が苦手だ。
さすがわたくしの両親なだけあって、父も母も容姿は美しい。両親は始終わたくしに厳しかった。
食事の作法、言葉遣い、姿勢。
何から何まで、母と父はわたくしに文句をつけた。わたくしは反抗するも、両親は「家の名を汚してはいけない」の一言でわたくしを抑えつける。
そのときのわたくしは、両親に作られた人形のようだった。
養子に出すと聞いた時、わたくしは心底ほっとしたものだ。
両親の厳しさは、今も変わらない。
一年に一回はしぶしぶ実家に帰り、両親に挨拶するが、彼らは何かにつけて揚げ足を取ってくるのだ。
きっと、今回もあれこれ言って来るに違いない。ため息をつきながら馬車から降りると、両親に使える執事が頭を下げる。
「リルイア様。お母様とお父様がお待ちでございます」
連れていかれた先は、応接間だ。
義理の両親の屋敷よりも格段に豪華な調度品が並ぶ中、それはそれは美しい両親がわたくしを待ち受けていた。
お母様はニッコリと微笑む。
「お久しぶりですね、リルイア。結婚、おめでとうございます」
笑ってはいるが、本心ではどう思っているか見当が付かない。
比較的分かりやすいお父様は、明らかに不機嫌そうだ。
「リルイア。相手は連れてきていないのか」
「ピジン様はお仕事が忙しいようでして」
「義理の両親になる私たちとの顔合わせよりも、仕事を優先するか。仕事熱心な男だな」
予想通りの父の皮肉だ。
いつもなら、適当に愛想笑いを浮かべていたが、今日のわたくしはどうにも荒んでいた。何よりも、ピジン副隊長を批判されるのが嫌で嫌で仕方なかったのだ。
わたくしはお父様をまねて皮肉っぽく言う。
「もしかしてお父様は、屋敷に引きこもっていらっしゃいますか?」
「……お前も知っているだろう? 忘れていたのか。私はまだ現役で働いている。屋敷にいる時間の方が少ない」
「なら、街を出歩いていると?」
お父様は片眉を上げる。
「何が言いたい?」
「お父様は馬車で街中を移動されていると思いますが、その道中の安全を守っているのは警備隊です。ピジン副隊長は、警備隊の事実上のリーダーですので、お父様のような人たちを守るため、さぞや多忙な任務を担っていることでしょう。義理の両親ともなる人との面会さえできないほどに」
真実を語ると、ピジン副隊長が今日来なかったのは、わたくしとの婚礼に否定的だからに他ならない。
けれど、ピジン副隊長が忙しいのも事実だ。
わたくしは背中をピンと伸ばし、お父様を睨みつける。
「お父様は、ピジン副隊長を筆頭とする警備隊の皆さんに、助けてもらっております。その恩を忘れ、ピジン副隊長を貶すのは、お父様の品位がうかがえますね」
「……」
さあ実の娘の反抗に、お父様はどうでるか。今はお父様の表情が固まっているが、そのままで終わるわけがない。
どうせ怒鳴って来るだろう。わたくしは、もう何でも来いと言わんばかりに待ち構えていた。
ところが、お父様の反応は意外なものだった。
「ふふ、あはははっ!」
なんと、お父様は腹を抱えて大爆笑をしはじめたのだ。
こんな大笑いしているお父様なんて、生まれてはじめてみる。
呆然とお父様を見ていると、お母様はくすりと笑った。
「ふふっ、そんなに本気になっているあなた、はじめて見たわ」
お父様は何度もうなずく。
「ああ。暗い顔をしていたから心配していたが、いい人を見つけられたんだな」
未だぽかんとしているわたくしに、お母様とお父様が微笑みながら交互に補足してくれる。
「ピジン・コルンバとの婚約が決まった時、お父様とわたくしは驚きました。ピジン・コルンバは、あなたが選ぶとは思えない殿方ですからね」
「それに、お前は誘拐されかけてから、気分が落ち込んでいると聞いていた。ピジン・コルンバに何らかの弱みを握られているのかと思って、心配していたんだ」
「誘拐された、なんて嘘をつくほどの恐ろしいことをされたのかと、二人で心配していたの」
わたくしは慌てて口をはさむ。
「わ、わたくしは嘘をついておりません。本当に誘拐されかかったのですよ!」
お母様は宥めるように「まあまあ」と言う。
お父様もどっしりソファに寄りかかり、朗らかに笑っている。
二人とも、完全にわたくしの嘘を信じていなかった。
なぜ両親はわたくしの嘘を見破ったのかと、パニックに陥る。
そのとき、お母様はこてんと首をかしげ、不思議そうに尋ねる。
「ピジンさんがあなたの愛しい人なのは理解できました。なら、どうしてあなたはそんな苦しそうなのですか」
「え、えっと、……」
咄嗟に嘘をつこうと口を開くが、まるで心を読んだかのように、お父様が「本当のことを言いなさい」と、ぴしゃりと言う。
お父様に気圧されたか、はたまたお母様の無言の催促に屈したのか。
気づくと、わたくしの口から真実がこぼれだす。
「……実は……」
わたくしはすべてをうち明けた。
ハトになってしまったこと。
ピジン副隊長に助けてもらったこと。
さすがにトッキャ大臣の名は出さなかったが、何者かがピジン副隊長を狙っていることも打ち明けた。
両親は暫し黙りこむ。
信じてくれないのだろうか。
もし、わたくしが逆の立場なら、絶対に嘘だと考え、「あの人は妄想癖」とラベリングする。
両親は違った。
「魔法使いなら、ひと一人をハトに変えるなんて、余裕だな」
「ピジン副隊長が暗殺の対象って話は聞いたことあります。あの人は能力こそ高いようですが、コミュニケーションが不得手ですから、仕方ありませんよね」
お父様はほっとため息をつく。
「しかし、そうか。結婚が嫌になったかと思ったが、そこまでの心意気なら、仕方ない。お前らの結婚を許そう」 「ええ。昔の我が儘放題のあなたとは違いますからね」
お母様はぷくりと頬を膨らます。
さすがわたくしの親なだけあって、年を取っているわりには可愛らしい。
お父様も満足げに頷く。
「親がなくても子は育つ、だな。リルイアがまだうちにいたときは、我が儘な生活を直そうと厳しくしていたが、リルイアは全く聞く耳を持たなかったからな。向こうにせっつかれて、渋々養子に出したが、拍車がかかるいっぽうだったからな。母さんと二人で心配していたんだ」
「けど、あなたはそうして一生懸命後悔して、一生懸命悩んでいる。他人事みたいに聞こえてしまうかもしれないけど、ついついほっとしているわ」
二人は和やかに笑いあう。
わたくしに向ける眼差しは暖かい。
「……」
わたくしは、ずっと親が嫌いだった。
いや、嫌われていると思っていた。だから、あんなに厳しく躾をしていたのだと思っていた。
けれど、違った。
違ったのか。
わたくしは、思わず失笑する。
わたくしは、愛してくれていると思いこんでいた人からは嫌われ、嫌われていると思った人には愛されていたのだ。
あまりの見る目のなさに、自分自身が情けなくなっていると、お母様はこてんと首をかしげて尋ねる。
「それで、あなたはどうしたいの? 魔法使いさんに頼んで、ハトに戻してもらう?」
お母様はずっと悩んでいた問いを投げかけてきた。けれど、このとき、わたくしは悩まず答えた。
「いいえ、わたくしは人のままでピジン副隊長を助けます」
人のままだと、ピジン副隊長に嫌われ続けてしまう。わたくしにとっては、辛い日々になろう。
それでも、構わないのだ。
わたくしが嫌っていたにもかかわらず、わたくしを愛してくれた両親のように。
わたくしは、ピジン副隊長に嫌われていても、あの人を愛し、守りたい。




