2話 もう一つの、選択
しばらく、記憶がない。
ふと気が付くと、風呂も終え、自室のベッドにいた。
「……」
わたくしは自分自身の身体を抱きしめる。
あの目が、
ピジン副隊長の冷たい目が、忘れられなかった。
「……」
わたくしは、間違ってはいない。
ピジン副隊長を救うためには、婚約をしないといけない。
「……」
本当に。
本当に、間違っていないのだろうか。
わたくしの前に、例の魔法使いが現れたのは、自身に猜疑心を抱いていた、そんなときだった。
「お悩みのようですね、お嬢様」
わたくしはパチパチと瞬きをする。
夢ではない。
続けて扉を見ようとすると、魔法使いは含み笑いをする。
「歩いてきやしませんよ。テレポートでこちらに参りました」
わたくしは大声を出す。
いや、正確には出そうとした。
しかし、声が出なかった。
「っ……!」
「あらあら、そう怒らないで」
魔法使いはウインクする。
「あなたにとって、いい話よ」
「……っ!!」
何がいい話だ。
わたくしがハトになったのも、心身ともに苦痛を抱いているのも、この女のせいだ。
絶対にこの女を警備の人に突き出す。ありとあらゆる権力を用い、この女を極刑に処す。
声がだせないのなら、行動するまでだ。
立ち上がろうとするが、動けない。指一本も動かせないではないか。
「だから、怒らないでっていっているでしょう」
魔法使いは呆れている。
「私はあなたと話がしたいだけです」
声も封印し、動きも封印し、それでいて話したいだなんて、何を言っているのか。
「大丈夫。あなたの利益になる話ですよ」
魔法使いは、哀れみを帯びた目でわたくしを見る。
「あなたは、私の呪いを解いた。愛を理解できたのです。だから、あなたは人に戻りました」
この女は何を言っているのだろうか。
わたくしに愛なんて理解できるわけない。女性の知人たちも、義理の両親でさえも、わたくしは愛されていなかったのだから。
怒りを込めて睨むが、魔法使いは動じない。
「あなたは人に戻って、悩んでいるようですね。そこで、私からの提案です。もしもあなたが望むのなら、あなたをハトに戻してあげましょう」
……ハト、に?
わたくしは目を大きく見開く。
魔法使いは、慈愛に満ちた笑みを浮かべる。
「ただし、条件が二つあります。一つ。二か月たつまでにハトに戻りたいと願わなければ、一生ハトにはなれない。もう一つ。一度ハトに戻れば、もう二度と人には戻れない」
魔法使いは、蠱惑的に微笑む。
「それでも、あなたはハトに戻りたいですか?」
魔法使いというのは、ひどく勝手な生き物だ。
挑戦的な台詞だけを残して、魔法使いは影も形もいなくなった。
金縛りが解けたわたくしは、警備の者を呼ぼうとして、すぐに諦める。
どうせ、あの女はテレポートなんて訳の分からない術を使って、どこか遠くへ逃げている。今更、捕まえられまい。
わたくしは魔法使いの言葉を頭の中で反響する。
「……二か月たつまでに願えば、ハトに戻れる……」
今から二か月後だと、ちょうどピジン副隊長との結婚式を開く日だ。
「……」
鳩になってしまうと、ピジン副隊長を救うことはできない。
けれど、人のままだと、わたくしはピジン副隊長に嫌われ続けることになる。
普通に考えたら、人のままで生きていくべきだろう。
だけど、
……だけど……。
その日、わたくしは迷いで頭がいっぱいで、眠ることができなかった。




