1話 あの人の目
義母は順調に縁談が進んでいると言っていたが、義母の言葉から察するに、ピジン副隊長は乗り気ではないらしい。
けれど、家の力は恐ろしいもので、ピジン副隊長と顔を会わせずして、トントン拍子に話が進んでいった。
さすがのピジン副隊長も焦ったのか、ある日、アポもなく屋敷を訪問してきた。
わたくしを含め、義父と義母も屋敷にいたため、両親ともどもピジン副隊長と相対した。
最高級の紅茶や菓子を用意したが、ピジン副隊長は口をつけず、きっぱりという。
「お嬢様との婚礼は、お断りさせていただきます」
義母は悲しそうな表情を作る。
「ピジン・コルンバ様は、うちの子を好ましく思っていないのですか」
「いえ。違います」
ピジン副隊長は言葉を続ける。
「ですが、お断りします」
彼の決意は固い。ああなった彼は、梃子でも動かない。
厳しい状況であるにもかかわらず、わたくしはピジン副隊長に嫌われていないという事実に、嬉しくなってしまう。
ひそかな喜びを覆い隠し、わたくしは冷たい表情で伝家の宝刀を持ち出す。
「あなたは警備隊の副隊長と聞いております。それなのに、あなた方が警備すべき相手たる王族の人間の願いを、聞き入れないと?」
ピジン副隊長は苦々しげに顔をゆがめる。
「……私は、王家を守る職務も担っていますが、トッハ国トハエイの民たちを守る職務も担っております」
同席していた義父が鋭く切り込む。
「だが、何よりも優先されるべきは、王家の守護だろう?」
「……」
ピジン副隊長は、固まった。
彼は職務として王家の護衛もこなしているだろうが、何よりも、民の安全安心を守ることを生きがいとしている。
そんな彼に投げかける言葉としては、さっきの義父の台詞は最悪なものだった。
しかし、義父はさらに意地悪な問いかけを投げかけた。
「最近のあなたは、逃げたペットのハトを探しているらしいが、それは本来の仕事ではない。そうだろう?」
ぴくりと、ピジン副隊長の眉が上がった。
わたくしもここ数日で知らされたが、ピジン副隊長はわたくしのことを、ハートフルレンジャーを探し回ってくれている。
素直に、嬉しい。
彼は、まだハトのわたくしを思ってくれているのだ。
けれど、ピジン副隊長を助けるためには、昔のハトのわたくしを探すよりも、今のわたくしとの婚約を結ばなくてはならない。
……たとえ、本人が嫌がっていたとしても。
ちくり、と胸が痛んだ。
わたくしは痛みを無視して、堂々と言う。
「ピジン・コルンバ副隊長。わたくしは、あなたとの婚約を望んでおります。王家の血を引くわたくしの意志に従うのが、あなたの使命です。お分かりですか?」
言い放った正論に、ピジン副隊長は、残酷な返答をする。
「ですが、私はあなたのことを愛していません」
「……っ!」
「愛していない人と、付き合うことはできません」
義母は小ばかにするように鼻で笑う。
貴族社会の常識では、愛し合う人同士での結婚はおとぎ話の中だけだ。
結婚とは、お互いの家柄・地位に適した相手とするもの。見合った相手と子供を作り、家名を継いでもらう。ただそれだけだ。
きっと、義母も義父も、「庶民の考えだ」と思い、ピジン副隊長を軽んじている。
……わたくしは、違う。
「……」
分かっていた。
彼が愛していたのは、ハトのわたくし。
リルイア・ヘロデ・トバラワカのわたくしではないのだから。
分かっていたのに、わたくしの心は、納得できなかった。
「なら、あなたはハトを愛していると? ふふっ、あんな穢れた動物を好きになるなんて、おかしいことですわね」
言ってしまった。
言ってはならないと分かっていたのに、理性が心をうまく抑えられなかった。
わたくしの本音を聞いて、ピジン副隊長は、
「……」
冷たい、憎悪に満ちた目で、わたくしを見た。




