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悪徳令嬢、ドバトになる  作者: カメメ
4章 人に戻った、わたくし
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2話 甘い甘い、お菓子

 朝ご飯を食べたあと、わたくしは勉強をする気力も起きなかった。


 部屋にいても、胃がむかむかとする。


 ふと思い立って、わたくしは紅茶を片手にベランダに出る。


 前は「外で飲食をするなんて、砂埃で汚い」といって、お茶会など特殊な場面でなかったら、必ず部屋でのんびりしていた。


 今は、少しでも気分転換をしたかった。


 使われず、埃のかぶった椅子に座り、ぼうっと空を見上げる。


 青空には、鳥がのんびりと飛び回っていた。


 紅茶を飲むのも忘れて空を見上げていると、下の階を掃除しているであろう使用人たちの会話が耳に入る。


「お嬢様が誘拐されたのって、あれ、本当かしらね?」

「嘘に決まっているじゃない。可愛そうって言ってほしいだけよ」

「……」


 わたくしはすぐに立ち上がり、部屋の中に入る。


 紅茶は、もう飲む気もなくなっていた。


 ○○○


 屋敷にいても気が滅入るだけだった。


 わたくしは最低限の付き人だけつけて、外を散歩する。


 たまたま通りかかったお店から、甘い香りがふわりと漂う。見ると、最近トッハ国に出店した、有名なお菓子屋さんだった。


 店頭でもお菓子を食べられるらしく、テラス席や店内の席は埋まっていた。


 甘い香りに、沈み込んでいた気持ちがわずかながら和らぎ、ふらふらと扉の近くに行く。


 しかし、わたくしは足を止めた。


 カフェのテラス席に、よくお茶会でお招きする女性たちが歓談していた。


 話題は、運が悪いことに、わたくしのこと。


「リルイア様、誘拐されて落ち込んでいらっしゃるとか」

「こんなことを言ってはあれですけど、皆さんに酷い態度をとっていましたから、とうとう天罰が当ったのかもしれないわ」

「これで、あの人も真っ当な人間になってくれるといいのだけど」

「どうでしょうねえ」


 わたくしの悲惨な話を嬉々として話しながら、彼女たちはお菓子をつまむ。


「……」


 わたくしは、カフェから離れる。


 わたくしを誘った甘い匂いも、今では吐き気を催す匂いとなっていた。


「……お嬢様、」


 早く、帰らなければ。


 けど、どこへ?


「あの、お嬢様」


 わたくしが安心できる居場所は、ない。


 あの人の、場所以外に。


「……お嬢様!」


 目の前で叫ばれ、わたくしはハッと顔を上げる。


 従者がわたくしに呼びかけているのかと思ったが、そこにいたのは、


「ぴ、ピジン副隊長……」


 トッハ国には珍しい褐色の肌に、理知的な青い瞳、雪のような白髪の青年、ピジン・コルンバだった。


 仕事中ではないのか、私服を着ている。


「お嬢様、いかがなされましたか。体調が悪いようですが」

「な、なんでもありません」

「そうですか」


 ピジン副隊長は淡々と言う。


 その声色はひどく冷たい。


 わたくしがハトだったら、「ハートフルレンジャー、どうしたんだ? 病気か? よし分かった。病院に行こう。隣の国に、鳥に詳しい獣医がいると聞いたことがある」と言っていただろう。


 今のピジン副隊長は、警備隊副隊長として、わたくしに声をかけただけ。


 わたくしのことを思っての行動ではない。


「……」


 わたくしは、皆が思い描く「リルイア・ヘロデ・トバラワカ」らしく返答する。


「質問はそれだけですか? 用がないなら、わたくしから離れてくれません?」


 従者が眉を潜め、批判的な視線をわたくしに向ける。


 彼はこう思っているに違いない。


 ピジン副隊長はただ心配して声をかけてくれただけだ。


 さらにいうと、ピジン副隊長はわたくし、リルイア・ヘロデ・トバラワカにとって、命の恩人だ。誘拐犯から逃れられたのは、彼が献身的に職務を遂行していたおかげである。


 ならば、一言お礼を言うのが真っ当な人間の振る舞いであろう。


 にも関わらず、このわたくし、リルイア・ヘロデ・トバラワカは冷たくあしらった。人として、真っ当な行いではなかろう。


 ……わたくしだって、お礼を言いたい。


 ハトになり、行き場をなくなったわたくしを、守ってくれてありがとう、愛してくれてありがとう、と口にしたい。


 けれど、人間に戻ってしまったわたくしに、お礼を言う資格はない。


 わたくしは苦痛に震える心を無視し、冷たい態度をとる。


「用がないなら、わたくしの前からどいてくださらない?」

「……」


 ピジン副隊長は動かない。


 じっとわたくしを見ている。


「……な、なんでしょうか?」


 沈黙に耐えかねて尋ねると、彼は持っていた紙袋をわたくしに押し付けてきた。


「あげます」

「……へ?」


 紙袋には、わたくしが入ろうとしていたお菓子屋さんのロゴが記されていた。


「では、失礼します」


 呆然とするわたくしを置いて、彼は敬礼をして、立ち去っていった。


「……へ??」


 疑問しかわかない。


 いらないからくれた?


 いや、違う。


 前に、彼はこのお菓子を食べて、美味しい美味しいと喜んでいた。


 なら、どうして……?


「リルイア様」


 従者が困った表情を浮かべる。


「どうしましょうか。いらないのでしたら、こちらで処分しますが」


 従者は手を伸ばしてくる。


 わたくしは無意識に紙袋をかばう。


「いえ、構いません。せっかくの頂き物です。わたくしが食べましょう」


 睨みつけると、従者はそれ以上何も言わなかった。


 どこにもよらずに家に帰る。両親との挨拶もそこそこに、わたくしは部屋に閉じこもる。


 飲み物も頼まず、わたくしは紙袋を開ける。


 甘く優しい香りが部屋いっぱいに広がる。紙袋の中には、カヌレがいくつか入っていた。


 一つ取り出して、かじる。


「……おいしい」


 ぽろり、と。


 暖かいしずくが頬を伝う。


 どうしてお菓子をくれたのかは、分からない。


 分からない、けど。


 嬉しい。


 一人ぼっちの部屋で、わたくしはボロボロ涙を流しながら、甘いお菓子を頬張った。


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