1話 人に戻った、わたくし
ハトになって、ピジン副隊長の部屋で迎えた初めての朝。
わたくしは、自らの姿を見て、「ああ、夢ではなかった」と絶望していた。
けれど、今は、その逆。
ふかふかのベッドから上体を起こし、鏡を見る。
すべすべとした白い肌、宝石のような赤い瞳、深みのあるワイン色の長い髪。
その姿は、どこからどうみても、人間の女性であった。
あの日、なぜかわたくしはハトから人間へと戻っていた。
朝にはハトになると思っていたが、憶測は外れ、太陽が大地を照らし、鳥たちが元気にさえずっても、わたくしは人間のままであった。
ハトになったあの時と同じように、なぜ人に戻ったのか、全く理解ができなかった。だが、戻ってしまったものは仕方ない。
わたくしは木のかげから隠れ、自らの屋敷に帰らざるを得なかった。
一か月以上も行方をくらませていたので、屋敷の者たちは驚き慌てた。義理の両親なんて、死人でも見るような目でわたくしをみていたほどだ。
わたくしは「誘拐されかかったが、どうにか逃げ出した」「しかし迷子になり、帰る道も分からなかった」と話した。
追及を避けるため、わたくしはこうも付け足した。
「ある宿屋にいって、わたくしの名前と、懇意にしていたトッキャ大臣の名を出したら、よくしてくれた。きっと、トッキャ大臣の商売でよくしてもらった人なのでしょう」
トッキャ大臣は手広く仕事をしている。あまりに手広く仕事をしているため、どこの誰かまでは特定できまい。
わたくしの嘘は誰にもバレなかった。
トッキャ大臣からは「さすがはリルイア様。たまたま吾輩の取引先の宿屋を訪れるとは。幸運の女神がついておられますな」と嬉しそうにしていた。
わたくしを取り巻く人たちが落ち着いたある日、わたくしは陛下に謁見を申し入れた。
世間を騒がせてしまったことを謝罪した後、わたくしはこう切り出した。
「実は、わたくしが誘拐犯に連れてかれている道中で、ピジン・コルンバ副隊長が聞き込みをしていました。そのおかげで誘拐犯たちは動揺し、その隙をついて、わたくしは逃げ出すことができました。国王陛下、ピジン・コルンバ副隊長に、褒美をお与えください」
一から十まで出まかせだ。
しかし、わたくしに抜かりはない。
わたくしはピジン副隊長の部屋にいて、彼の仕事ぶりを本人の独り言やバスさんとの会話から聞いていた。
警備隊の誰もがわたくしの死を確信していたが、ピジン副隊長は丁寧に仕事を遂行し、わたくしを探してくれていた。
そのどこかで、わたくしは逃げだせたということにした。
これなら、わたくしの嘘だとバレやしない。
さらに、わたくしが「ピジン副隊長がこのような素晴らしい仕事をできたのは、ひとえに、彼の上司たる警備隊隊長と、警備隊を管轄する大臣、トッキャ様のおかげでございます」と口添えした。
おかげで、国王陛下は隊長とトッキャ大臣を呼び出し、お褒めの言葉を与えられた。
立場上、二人は陛下のお言葉をありがたくいただき、ピジン副隊長を評価せざるをえなくなった。
これで、彼らもピジン副隊長を「謀反の兆候あり」と訴えづらくなったに違いない。
ピジン副隊長の暗殺計画は、無に帰すことができたのだ。
わたくしにできることは、すべて終えた。
……そう、全て終わった。
わたくしは普段着に着替えて、リビングに向かう。先に義理の両親がリビングにいたようだ。わたくしがまだ起きていないと思ったのか、彼らはひそひそと話す。
「まさか、リルイアが生きていたとは思わなかったわ」
渋い声で言ったのは、義母だった。
「ああ。いっそのこと、死んだことにして、王家から見舞い金を頂きたかったな」
義父は憤慨した様子で言う。
「ええ、本当に! あの子は否定しているけど、誘拐犯があの子に手を出さなかった証拠はないわ。まともな殿方は、穢れた女性を相手にしないわ」
わたくしはわざとらしく足音をたてると、義両親は口を閉ざす。
わたくしは笑顔で「おはようございます」と挨拶をすると、二人も笑顔で挨拶を返した。
食事は、美味しかったと思う。
味は、しなかったが。




